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旅を教えてくれた沖縄の狂ったじいさん②

じいさんの検問ナンパ
 
塩じいと出会った東京-福岡&沖縄自転車旅から2ヵ月後、私は与論島に行く事にした。与論島は鹿児島だが地理的には沖縄本島に近く、友人である洋樹との沖縄旅行も兼ねる事に。

沖縄再訪が決まった私は塩じいに手紙を書き再会したい旨を伝えた。手紙の投函から数日後、見慣れない市街局番から着信があり応対すると、それは比較的酒が入っていない状態の塩じいであった。電話などないと思っていたので手紙を書いたのだが意外にも固定電話を持っていたらしい。

塩じいは『今まで何人かの旅人を泊めた事があるけど、その後連絡をくれたのは洋仁(※私)が初めてだよ!』と喜んでいた。私が沖縄旅の日程と今回は洋樹も連れて行く旨を話すと、突然塩じいが『洋仁と洋樹には彼女がいるのか?』と聞いてきた。それと沖縄再訪と何の関係があるのか分からないが、私は『洋樹にはいないよ』と伝え電話を切った。


ー数週間後ー


沖縄に渡った我々は那覇空港でレンタカーを借り、ワイパーとサンバイザーの両方が必要な亜熱帯らしい気候の中、一路東村へ。レンタカーでヤンバルを走ると気付かない事も多く”やっぱり自転車のスピードの方がいいな…” などとあれこれ考えている内に東村の塩じい宅に到着した。しかしどうやら塩じいは留守のようだ。じいさん、一体何のために事前に電話したんだよ… 仕方がないので少し時間を潰し夕方また訪ねてみると、そこにはアル中とは思えないしっかりした足取りで作業を進める塩じいの姿があった。どうも我々をもてなすために買出しに行っていたらしい。

2ヶ月前と同じように海に向って3つの椅子を並べオリオンビールを飲み始めた。たった2ヶ月ほどだが会っていなかった間の事、塩じいと出会った自転車旅の結末、洋樹の事、最近の沖縄や塩じいの生活… たくさんの話をした。私も塩じいもまた会えた事が嬉しくて仕方ないのだ。酒も進んでいるせいか再会から一時間もしない内に最高に盛り上がっていた。しかし塩じいの一言で場の空気が一変する。


『洋仁、洋樹!二人のためにブリを買っておいたよ。あとで食べようね。あと女の子にも声を掛けておいたから!良かったね、洋樹!』


会話が止まった。再会で最高潮に上がった精神状態をもってしてもその発言は瞬時に理解しがたく我々にも理解できる説明を求めた。よくよく話を聞いてみると実に単純で、美味しいブリを食べさせてあげたい気持ち、今夜のパーティーには女の子がいた方が楽しいだろうという気遣い、それが合わさっての行動だった様だ。しかし70歳を超えたアル中のじいさんに何ができるというのか。我々が来るまでの昼間に一体何をやっていたのか問いただすと塩じいの常軌を逸した行いが明らかになった。

家の前の県道を通る女性ドライバーを警察の検問よろしく止めまくっていたというのだ… 運転席の窓を開けさせ『今夜東京から洋樹という独り者の男が来るから家に飲みに来なさい!』と一人一人誘っていたらしい…。洋樹から”とんでもないところに来てしまったのではなかろうか…”という後悔の念が見え隠れし始めた。

じいさんの戯言は無視して我々は夕食の準備に取り掛かる。朝から三枚肉を焼いてくれた前回の様に塩じいが料理してくれるのかと思いきや全ては洋樹に託された。洋樹からしてみれば初めて会った奇行が目立つ沖縄のじいさんの家の台所で包丁をにぎらされている訳でここに来た後悔を深める他ない。ただ塩じいの『洋樹、4人分作ってね!』という言葉に作業する洋樹の手が止まった。我々は顔を見合わせ塩じいに尋ねた。『もしかして本当に誰か来るの!?』。すると塩じいは満面の笑みを浮かべてこう答えた。『だから洋樹のために可愛い子をナンパしておいたと言ったでしょ!』。

おぉ!やるじゃないか、じいさん!


 
洋樹… 可愛くないね…
 
女の子を紹介してもらえるのであれば本来は小躍りするタイプの洋樹の表情がさえない。じいさんの思いやりという名の狂気、そして後程自分に会いにやって来るという女性がどんな人なのか想像も付かない恐怖に怯えていた。一方、完全なる無責任組と化した私は楽しくなってきた!沖縄のアル中のじいさんがブリ片手にナンパした女性が洋樹に会いにやってくる、こんな面白い事は他にない!ご対面の瞬間は今回の沖縄旅行のクライマックスになるはず!

着いて間もなくここに来た事を後悔している洋樹を『絶対にいい感じの子がやってくるよ!大丈夫だよ!』などと無根拠かつ無責任に諭していると、塩じいが『本当に本当に可愛い子だよ!』と後押しした。

“可愛い”と強調し続ける塩じいによればその子が来るまでにはまだ時間があるようで洋樹はとりあえず夕食の準備を進めた。夕食の準備を任されている疑問、紹介される女性への不安はあるものの、洋樹に会いにやってくる女の子が本当に可愛かった場合、全てが報われるのだ。洋樹は4人分の料理を懸命に作った。


洋樹が庭のテーブルに料理を並べた頃、原付に乗った女性が一人塩じい宅にやって来た。ついに来たのだ!しかしヘッドライトが逆光でまだ姿は見えない。酔っ払いの戯言説を最後まで残していた我々だが、なんと!検問ナンパは成功していたのだ!凄いじゃないか、じいさん!!ただ夕闇に解けたその子の姿が家の灯りで露になった時、我々が一生忘れる事はないだろう台詞を塩じいが洋樹の耳元で呟いた。


『洋樹…… あんまり可愛くないねー…』


その発言に驚愕し固まる洋樹、意に介する様子もなくヘラヘラする塩じい、全く状況が飲み込めない女性、全ての事情を知っている傍観者。

しばらく沈黙が支配したが、私は腹を抱えて大笑いして言った。

『よし!みんな飲もう!!』


その後もその女性に対し、後頭部を殴られて一生を終えても仕方がない様な失言を繰り返す塩じいではあったが、その方がすこぶる大人だった事もありその日は4人で遅くまで盛り上がった。塩じいは本当に本当に最低で最高だ!


夜は前回同様、昆虫パラダイスの塩じい宅でざこ寝だが、色々と疲れ切っていた洋樹は環境に耐えられなくなり気付くとレンタカーの中で眠っていた。洋樹にとっては初めての沖縄… 少々申し訳ない事をした様な気になった。

私と塩じいは平屋の座敷にざこ寝していたが、眠りに落ちる前、私は到着以来ずっと気になっていた事を一つ尋ねてみた。『2ヶ月前に来た時にいた犬はどうしたの?見掛けないけど…』。私と塩じいが出会うきっかけになったのはビーチで戯れていた2頭の成犬だ。前回海を眺めながら飲んでいた時は足元でずっと私に寄り添ってくれていた。今回もあの犬と一緒に飲もうと思っていたのだが見当たらないので気になっていたのだ。眠りに落ちる直前の塩じいはむにゃむにゃ言った後『あぁ… 誰かにあげちゃったよ…』と衝撃的な回答をよこした!

誰かって誰だよ!あれは子犬じゃないぞ。

つづく… (次回最終話)



◾️旅の鳴る木◾️

旅と日常のクロスオーバーをテーマにネットラヂオを制作中。100回以上の海外渡航、海外自転車旅、キャンプ、釣り… 様々な体験から得た自分なりの考え方を実生活に結びつけたい。20〜25分程度の短いラヂオです。ぜひ聴いてみて下さい。一緒に旅の続きを楽しみましょう!
 
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