5年後に届いた返事
「わたし、あなたのことを知っているような気がする」。
新しい本の企画で知り合った翻訳者が、そう言った。
「え?」
訳者の先生と編集者のわたしは、同じ大学の先輩と後輩にあたる。だが、一回り以上も年が違うので、会ったのは仕事を通じてだった。
ずっと本が好きだったわたしは、大学を卒業する際、出版社を志望した。
身近に編集者なんていなかったから、読むのと作るのとの違いもよくわからないまま、ただ本にかかわる仕事がしたいと単純に思ったからだ。
なにしろよくわかっていないものだから、伝手を頼って出版社で働いている先輩に手紙を書き、職場を訪ねてはお話を伺ったり、質問をぶつけりした。
たぶん皆さん、大変な激務のなか時間を作ってくださったのだということが、今ならわかる。ざっくばらんにご自身の体験を話してくださった方もいたし、温かく励ましてくださった先輩もいた。
ほかにひとつ、とても気になる本を出している出版社があって、ファンレターと就職希望が入り混じったような手紙を出した。思い出すのも恥ずかしい、稚拙で気負った文章だったはずだが、数日して、社の代表者から手書きの返信が届いた。
「せっかくですが、当社は小出版社で、新卒採用の予定がありません。お手紙をありがとうございました」という、丁寧だが断りの文面だった。
翻訳者は、著者としてその出版社との付き合いがあり、社長とも面識があった。だから、何かの話の拍子に、同じ大学の後輩がその会社に書いた手紙の概要を聞いて、印象に残っていたそうだ。
詳しい経緯は忘れたが、わたしがかつてその会社に憧れて手紙を送ったことがあったと話すと、少し興奮気味にこう言った。
「間違いない、あれはあなたのことだったのね。社長は、こう言っていたのよ。
『いやあ、大手志望の学生は大勢いるだろうけど、うちのような弱小出版社に就職したいなんて、変わった子もいるんだとうれしくなりましてね。地方の出身だと書いてありましたから、余計に。でも、残念だけど、うちはギリギリで回しているものだから、こんなに少ない人数では、新卒を採っても育ててあげる余裕がなくて。でも、まじめな、熱意のある手紙をもらったものだから、断るのが残念だったんです、本当に』」。
大学を卒業して5年が過ぎていた。
わたしは、自分が書いた手紙が確かに相手のこころに届いていたと、伝え聞いたような思いだった。
*写真はベトナム、ホーチミン中央郵便局。
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