#5 日本海オロロンライン①

 日本海オロロンラインはときどき、海抜数メートルほどのところを海に沿って走る。道は退屈だとはいったが、道と海の間に浜か草むらもなく、道のすぐ真横まで海が迫っているような断崖の上を走っていると、思わずアクセルを戻してしまうようなスリルに襲われるとこがある。
 これまでのバイク旅は、いつでも反時計回りに巡っていた。北海道、東北、山陰四国、九州、どこでも。地図を眺めていると、どういうわけか反時計周りに目が動いてしまう。日本の海岸線を反時計回りに巡ると、左車線走行だから、自分と海の間には対向車線分の余裕がある。それが今回は時計回りだから、自分の左側にはすぐに海が迫ることになる。万が一転んだら、転ぶだけでなく海に落ちるという、高所恐怖症のようなスリル。旅は時計回りか、その逆か。何気ない違いだが、ずいぶんな緊張感となって違いに気がつく。

 道の駅 あいロード厚田は、海沿いの高台にあり眼下から遠くまで日本海を見渡せる。きっと夕日が美しいビュースポットなのだろう。が、今は景色なんてどうでもよかった。まだ午前中とはいえ太陽の陽射しは容赦なく、出発からすでに5時間以上が経ち、寝不足もあって、とにかく涼しいところで休みたかった。
 しかし1階の蕎麦屋の開店は11時で、それにはまだ30分以上ある。開いている物産コーナーをウロウロしてみても体は休まらない。採れたての、瑞々しくて立派なキュウリやナスも、今は入用ではない。2階にはピザとジェラートのテイクアウト店があり、3階のバルコニーで景色を眺めながら食べるのがよいのだろうが、しばらく太陽には会いたくない。
 とにかく涼しいところで、ずっと「く」の字に構え続けていた足を伸ばして休みたい。仕方なくチーズのジェラートを買い、2階の休憩スペースにある固めの椅子に腰かけ、なんとなく休む。味は美味しいはずだが、味わえていない。「仕方なく」とはお店には恐縮だが、美味しさよりも疲れの方が勝ってしまう。けれども、この姿勢でこのまま居ても、大して休んだ気になれそうにはない。北海道は蕎麦の産地でもあるが、蕎麦屋の開店を待たずに出発する。
 
 ようやく、行政区域としての石狩市を抜け、ひとまずの目標であった増毛町に入る。ここには最北の酒蔵といわれる国稀酒造がある。仕事柄、日本酒に関わることもあって、せっかくだから寄りたいと思っていた。

画像1

 造り酒屋さんというのはどこも、江戸なり明治の頃から資本があって、地元の名士だったような名残がある。歴史が刻まれた蔵、立派な木造の建屋や道具、ところによってはギャラリーや直営のレストランがあったりする。国稀酒造の駐車場の一角には水場があり、だれでも湧水を持って帰ることができる。地元の老いた夫婦が10本ほどのペットボトルをもって水を汲んでいた。「こちらにはよく来るんですか?」「そうですねぇ毎週来てますよ、あぁ、どうぞどうぞ」といって、ぼくにもこの湧水を飲むよう促してくれた。

 店内にはザっと10名ほどの客がいる。入ってすぐのところは和風の小物や一部のお酒、そして酒の伴となる缶詰などの食品が並んでおり、その先には昔の造りそのままと思われる畳の部屋、その向かいあたりに国稀のお酒がずらりと並んでいる。しかし外がこの暑さでは、買ってバッグにしまい、走っている間に温まってしまうだろう。それならば、お燗にしていけそうなものをと、特別純米の300mlを一本頂く。

画像2

 蔵の向かいには酒蔵ラーメンと宣伝している店がある。国稀酒造が経営しているわけではなく、スープに国稀の酒粕を使ったラーメンのお店だ。昼時の店内は家族連れ、工事関係者など、地元と思われる客などで席の半分以上が埋まっていた。空いているカウンターに座り、味噌ラーメンを頂く。酒粕のダイレクトな味はしなかったが、白味噌ベースにまろやかなコクを感じた。
 店の外に出ればうだる様な、関東となんら変わらない暑さ。太陽に照らされると皮膚がジリジリとするのがわかる。ふたたびオロロンラインを北へ、町をあとにする。

 留萌(るもい)市街に入ると、道は片道2車線に広がる。そこを、後ろに女の子を乗せた地元の若い中型のアメリカンが飛ばしていく。冬の間は雪か凍結だろうから、バイクに乗れない期間はどれくらいだろうと想像してみると、北海道に住んでいながらバイクに乗るのは、若い人の遊びとしてはずいぶん大胆だな、なんて思う。そういえば、都内でも留萌の食材を使った店があったな、ウチのお客さんで留萌出身の人がいたな、などと、留萌については、あれこれと思い出すことが出てくる。
 積丹からずっと海沿いを走ってきたが、小樽以来、意外にも船をみた記憶がなかった。国道は海から離れ、留萌港をかわす様にさらに内陸に入り、そしてまた海沿いに近づく。港には、ひときわ大きくて高さのある作業船の姿が、国道からもはっきりと見える。その存在が、留萌があたり一帯の海や土地の要所であることを物語っていた。

 留萌を抜けてしばらく走ると、オロロンラインには何もなくなる。左側はすぐに海、右には丘陵か断崖の壁が迫り、その景色がずうっとずうっと先まで延々と続く。走りながらもじっくりと景色を眺めると、息を呑むような美しさだと、じわじわと感じ入ってくる。他に人口構造物はなく、これほどに粗野でシンプルで、長く続く海岸線の道は、日本でここが一番だろう。

 人家や建物などは、これまでもこれから先も、どう見てもない。自分の後ろには誰もいないからと、ゆっくりと、それでも70km/hくらいで走っていると、いつの間にか地元ナンバーの車に迫られ、そして追い越される。
 誰もおらず、海と丘陵だけが続く果てしなくつづくこの美しい道を、若い男が北へ向かってママチャリで走っている。黒のTシャツに黒のリュック、前かごにはペットボトル。まるで学校帰りかというようか格好で、汗をかいて必死な表情が、追い越しざまにもわかる。
 長く孤独なオロロンライン。あの若い彼は、どこから来て、どこまで行くのか。にわかに信じがたい場面だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?