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#22 十勝平野 広域農道の楽しみ

 7日目。起きて、何の気なしにリモコンを手にとり、テレビを付ける。せっかくキャンプ脳になっていたのに、ボタン一つで日常と変わらない暮らしに戻ってしまう。天気予報をチェックするだけのつもりが、高校野球。智弁学園がスクイズの場面で、思わず見入ってしまう。
 ホテル泊のおかげで、昨夜はこの旅で初めて熟睡ができた。暑さ、蚊に刺されたかゆみ、夜明け前から一斉に鳴き出す蝉。強風でバサバサとタープが煽られ、ときに枝が落ちたのか飛んできたのか、テントにバサッとぶつかる音。なんだかんだとあって熟睡できなかった。以前は毎年のようにキャンプをし、それらも含めて慣れているつもりだったが、どうやら気が小さくなってしまったようだ。
 チェックアウトを済ませ、バイクを停めてある駅前の地下駐車場に行く。昨日からある他のバイク達は、未だ眠っているように見える。みんな、昨日は大変だったね。そう声を掛けたくなる。

 雨は止んで、道路のところどころはすでに乾きはじめている。帯広市街は、常に車が走るが渋滞することなく流れており、風のとおりがよい街だ。郊外へ少し走れば、すぐに十勝らしさを感じることができる。とうもろこし、じゃがいも、大豆、枝豆、なにかの野菜。濃淡の違う畑の緑色が続く間に、刈り取られた麦畑の茶色、そしてときどき牛舎が表れ、それらが延々と、そして穏やかに続く。空には晴れ間が広がり始め、十勝平野を囲む山々がくっきりと見える。酪農関係のトラックが走る様もまたいい。どこを走っても絵になる景色。十勝平野の広域農道を走るのが、北海道での楽しみの一つだ。今日は、十勝平野を存分に走りたい。

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 ふだんはあまり昼ご飯を食べないのだが、美味しいと評判のパン屋で買い込み、南へ向かって中札内(なかさつない)、そして広域農道を西に向かい、十勝平野を一望できる丘の上の展望台へ上がる。日陰へ行けば涼しく、日向へ出れば春のような温かさ。すっかり広がった青空、所々に雲、眼下の平野には畑の緑と茶色がパッチワークのように遠くまで広がる。近くで虫取りをする親子の声、手にはクリームのクロワッサン。五感の全てがぬるま湯に浸っているかのように心地よい。

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 こそばゆいくらいに平和で穏やかな時間が流れる。このまま草の上で昼寝でもしようかと思ったが、平らなところは砂利か土か駐車場のアスファルトで、あいにく叶わなかった。

 まさに後ろ髪を引かれる思いで丘を後にし、今度は日本一長いといわれる防風林の続く道道62号線で北へ向かう。その長さは9km以上にも及ぶが、飽きることがない。十勝のあらゆる風景が好きだと洗脳されているのか、日向ぼっこのようなぼんやり気分なのか。それでダラダラと、それでも70km/hくらいで走っていると、地元の車に追い抜かれる。
 芽室市街を東西に走るJR根室本線、十勝川を越え、道道をずっと北上する。牧場と畑と道、それに青空。それだけあればいい。ゆるやかでのびのびとした、幸福な気分が続く。自衛隊の駐屯地近くにある、とある道道の交差点では『戦車横断注意』の看板がある。これも北海道ならではで、ついニヤついてしまう。観光地を巡るよりよほど楽しい。

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 14時頃だったか、陽は明らかに頂点を過ぎ、午後の時間に入っていく。このまま当てもなく、気の赴くままいつまでも走っていられそうである。
しかし、明日の昼過ぎにはいよいよバイクの返却をしなければならない。道道718号で西へ向かう。道は少しずつ標高を下げ、畑と牧場だった景色は森に変わる。今度は北から南へ流れる十勝川を渡ってT字路に差し掛かると、いよいよ十勝平野と別れたことを実感する。
 途中、道をショートカットして国道38号線に入る。R38は滝川から富良野や帯広を通って釧路まで、道央と道東とを結ぶ。日高山脈の北の端、標高の低いところを通るとはいえ峠道であり、大型トラックも多いのであろう。登りは登板車線が敷かれて片道2車線になっている。しかし交通量は少なくカーブも緩いため、ついスピードに乗る。たまたま勘が働いたのか、これは危ないな、と思っていた。すると、しばらく行った先で1台の車がパトカーに捕まっていた。
 R38にある狩勝峠の展望台から、改めて十勝平野を望む。一昨年も寄ったところで、その時もよく晴れていた。通って来た峠の東が十勝川水系で、ここから先の西側が石狩川水系に分かれる分水嶺で、つまりこの峠を越えれば、十勝平野とはいよいよ本当のお別れである。まさに名残惜しい気持ちで、十勝平野の風景を目に焼き付けようとした。
 今回も一昨年も、十勝は晴れて穏やかなよい思い出。逆に標津や阿寒は、今回も前回も雨で寒く、辛い思い出。もしまた訪れる機会があるとしたら、二度あることは三度か、それとも三度目の正直があるのか。自分ではどうにもできない縁、運。

このまま国道をまっすぐに行けば富良野に行くことができる。しかし今回は、富良野には行かないことにした。ぼくにとって富良野は、難しいのだ。
北海道もコロナのまん防下にあり、札幌や小樽、苫小牧といった都市に近いキャンプ場は、閉鎖が多い。千歳から出発した初日の積丹方面もそうだったが、札幌から2時間半ちょっとで行けてしまう富良野周辺も、同じ状況にあった。
 それに富良野は、観光地の印象が強すぎてしまう。ラベンダー畑、おしゃれなカフェ、管理の行き届いたキャンプ場。それらは人の手が入りすぎるというか、添加物の多い料理というか。星を眺めるために夜は静かにしましょうと謳っているキャンプ場もあったが、これまでのキャンプ場なら当然とも思えることをわざわざ言葉にされてると、気持ちが萎えてしまう。
決して富良野やキャンプ場が悪いわけではない。都市圏や道外からいろんな人が気軽に来るのであろう。土地を守りながら営みを続けるための、街やキャンプ場の気遣いだとは思っているのだが。
 そしてこれは完全にぼく自身の問題なのだが、富良野は、『北の国から』のイメージを強く持ちすぎてしまっている。当時のドラマにもラベンダー畑のシーンはあったが、それでも、電気も水道もないところから始まり、自然とともに慎ましく暮らしていく様が、ぼくには絶対的な印象としてある。だから富良野は、エアコンではなく薪ストーブであってほしく、鉄筋でなく木造か石であるべきで、カフェでなく喫茶であり、静かにしてくださいなどと言わなくても元々静かなところであってほしい。勝手ながら、そういう願望が強くあるのだ。

 そうして富良野へ向かう国道から逸れて、道道465号でかなやま湖畔沿いを西へ走る。湖畔の森をいく道はちょうどよいカーブが続き、心地よい緊張感でワインディングを楽しむ。途中、湖畔に見えるキャンプ場には、けっこう混んでいるな、と思える数のテントがある。サイズの大きいテントが多く、ファミリーやグループ客であろうことが分かる。
 東から西へ進んできた道は、湖畔を過ぎるとやがてR237に突き当たる。北へ行けば富良野に向かうところを、南へ進む。このままキャンプ場へ向かうには、まだ陽が高い。国道から少し入って、森に囲まれた温泉宿で、お風呂を頂く。静かな森の駐車場には客と思われる車が1台だけ停まっており、その近くカラスが二羽、人の様子を伺っていた。

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