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一粒の種から広がる物語 【カラモジャ日記 24-03-07】

 マニャタ*をくぐると、早朝から満を持して集まってきた住民たちの姿があった。乾いた牛皮の絨毯の上で、リーダーの女性が今シーズンに販売した野菜の売上を数えている。他のメンバーはそれを取り囲むように座って、積み重ねられた現金をまじまじと見つめていた。

(*マニャタ:カラモジャの人々が暮らす木塀に囲まれた小屋。木塀の隙間にある背の低い入り口をくぐるようにして敷地の中に入るのが通例)

 乾燥して海老せんべいみたいになった牛皮の絨毯の上では、大量の札束やコインが焼けつくような太陽に照らされながら、窮屈そうにひしめき合っている。あちこちに染みやサビがついた決して綺麗なお金ではないけれど、その微小な汚れがかえって色気を出しているようにさえ見えた。

 そう、今日は売上金をグループ内で配分するという特別な日なのだ。

 このお金は、彼らが今シーズン収穫したトマトやナスなどの野菜販売で得られた大切な売上だ。その金額は日本円に換算すると約5万円にものぼる。グループはだいたい30人ほどで構成されるので、一人あたりの配分は約1,500〜2,000円といったところだ。

 1日50円ほどの日銭を稼いで、一日一食の食料にようやくありつくことができるという住民の生活水準からすると、これはものすごく大きなお金だ。

牛皮の絨毯の上に置かれた現金

 売上の集計が終わり、ついに個人への分配が始まった。リーダーが一人ひとりの名前を大きな声で読み上げる。そして呼ばれたメンバーは順番に、等しく配当を手にしていく。

 一粒一粒の野菜の種を大切に、苗床に蒔いたあの日から約4ヶ月。水やり、移植、草抜き、牛糞堆肥の投入、有機農薬の散布、そして収穫に販売。汗水垂らして働いてきた彼女たちの努力の結晶が今、確かなカタチとなって返ってきた。

「このお金はあの日、泥を踏んで転んだ結果なのよ!」とあるオバチャンが嬉しそうに言う。彼女の陽気でユーモアに溢れた言葉が、狭い空間に明るい雰囲気とたくさんの笑顔をもたらす。
 共同農場を支える粘土質の土は、激しい雨が降ると泥沼と化す。オバチャンはその泥に足を取られて転んだんだろう。
 僕も雨上がりの畑で、ぬかるんだ土に足を吸い込まれ、バランスを崩して何度か転んだことがある。そしてその度に、芸人の罰ゲームを思わせるくらい、体じゅうにひどい泥を被った。

「だからこれは私の努力なの」と彼女は受け取ったお札を指差して言う。
「その通りだと思うよ」と僕は言った。
「その通りだと思うさ」と風に吹かれながらお札が音を立てた。

 配当を喜ばない人なんていない。幸せな未来を望まない人なんていないように。独特の表現方法で、一人ひとりが喜びを爆発させていた。偉そうなゴリラが描かれた50,000シリング札を受け取り、目を輝かせる少年。ボロボロになったお札を何度も数え直し、大切そうにポケットにしまい込むオッチャン。
 お金を受け取るとすぐに、お札にキスをして、それを赤ん坊の額になすりつけて神様に祈りを捧げるオバチャンだっていた。赤ん坊は驚きのあまり、目を見開いて固まっていたけれど。

【お札で赤ん坊の顔を拭くオバチャン登場】

 一通り配分が終わると、彼女たちはお金の使い道について誇らしげに語り始めた。その言葉たちは、言うまでもなく僕に勇気を与えてくれた。
「このお金で、一緒に住んでいる家族を支えたいと思う」とお札を握りしめながら少年が言う。そして大事そうにお札を丸めてサンダルの下にしまい込む。

 一年前、食べモノを乞う側だったところから、食べモノを自分の手で作り、家族を支えるための収入を得られるようになった人たちが、ここにはたくさんいる。そして今日、僕はその事実の証人になっている。

「しばらくは畑作業の間も家族の食料を確保できるわ。トウモロコシを買って、お腹を空かせた子どもたちに食べさせてあげたいの」とある母親は言う。
「これで子どもたちが勉強に使うための文房具を買ってあげられる」
「今日受け取ったお金が本当に嬉しいの。このお金は地酒を売るビジネスの原資にするわ」
「このお金で種を買って、タマネギやトマトの家庭菜園を始めるよ。農場で習ったようにね」

 次々に手を挙げて短いプレゼンテーションを始める彼・彼女たちの瞳には、その未来が映り込んでいた。僕はその言葉たちを一つ一つ噛み締めるように、心の中に取り込み、ゆっくりと消化してから言った。

「あなたたちは次のシーズン、もっと大きなことを成し遂げる」

 この結果は紛れもなく、みんなの努力のおかげなんだ。

* * *

 マニャタを出た僕らは、車を止めていた大通りの近くまで歩いて戻ってきた。肌の白い外国人を見かけることなんて、村の中では相当珍しい。どこからともなく集まってきた裸の子どもたちが僕の周りに集まって、嬉しそうに声をかけてくる。

 僕はふと、2年前にはじめてカラモジャを訪れた時のことを思い出していた。あの頃の状況は最悪で、飢えと渇きが村を支配していた。餓死者だって出ていた。僕はずっと、無力感を感じていた。

 住民たちとの農業プロジェクトが始まって1年。何が変わったんだろう?

 今も続く飢えの現実は厳しい。残念ながら一気にガラリと生活が変わることなんてない。それでも、ここまで積み重ねてきた日々には確かに実体があり、今日の売上の分配だって、この世界で実際に起きた出来事なんだ。

  僕たちは、大きな変化を起こせない。でも、小さな変化が少しずつ村の中から始まっていることは確かだと思う。一粒の種からいくつかの果実が実り、そこからまた、たくさんの物語が広がっていく。そうやって僕たちは、新しいシーズンに入っていく。

 村には本当に子どもたちが多い。車に乗った後も、エンジン音に大興奮した子どもたちが巨大な怪獣を追いかけ回すみたいに、木の枝を片手に僕たちのあとを走ってくる。その姿を窓越しに観察しながら、僕はいつものように考える。

 この子たちの未来が、少しでも明るいものになってほしい。


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