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【実話怪談】古民家の天井裏

大学時代の友人M君から聞いた話。


M君は、自身の出身地である、とある地方の工務店で働いている。

その工務店は、古民家のリフォームを請け負うことが多いそうだ。古民家のリフォームはなかなか難しく、昔の材料や工法の良さを活かしながらより長く住み続けるられるように改修するのは、長年の古民家リフォーム経験に基づくノウハウが必要だという。
M君の工務店は、小規模ながら質の良い古民家改修をする会社ということで、近隣の県でもたいそう評判だそうだ。

地元で働きたいと思っていたM君は、大学卒業後に親戚の伝手でその会社に就職し、仕事も覚え、必要な資格も取り、会社のエースとしてバリバリ仕事をこなしている。



その日M君は、近隣の市にある古民家の持ち主から改修の依頼を受け、打ち合わせのためにその古民家に向かった。

目的地に着くとすぐに、その日初めて会うクライアント夫婦に挨拶をする。
古民家の持ち主というのは大抵が裕福で、そのクライアントも例に漏れず、小綺麗な見た目、上品な振る舞いだったという。喋り方、物腰は終始穏やかで、M君は「この人たちなら仕事しやすそうだな」と思ったという。

夫婦に促されてその古民家に入る。
M君は室内に入るなり「これはなかなか大変な改修になりそうだ」と直観したそうだ。
室内の空気や匂い、湿度から、この家には一定以上の期間、人が住んでいないことが分かった。
人が住んでいない家はあっという間に劣化する。目に見えている範囲は綺麗にしていても、骨組みや下地はボロボロになっていたりする。

クライアントの依頼内容はM君の洞察を裏付けた。

いわく、クライアント夫婦は仕事の都合で数年前からこの古民家に住むことはできなくなったが、夫の家系が4代前から継承してきた家を取り壊すことは忍びなく、傷んだところを改修して、大事に住み続けてくれる人に売りたい。間取りや目に見える材料には大きな手を加えずに、元の風合いを残す改修にしたいとのこと。

M君は改修費用の相場や大まかなスケジュールを伝えた上で、詳細な見積もりと工事計画を立てるために、近日中に家の中を隅々まで測量させて欲しいと伝えた。
クライアントは了承し、測量の日程と次の打ち合わせの日取りを決め、その日は解散することになったのだが、測量の話になったときにクライアントの夫の方からこんな質問があった。

「天井裏も測量してくれますか?」

もちろん天井裏も測量の対象である。
天井は場所によっては湿気がたまりやすく、隙間の多い昔の住宅では、どこからか入り込んだ虫や小動物の糞や死骸が堆積しているようなこともある。木材が腐れば天井が落ちたりする危険もあるため、きちんと測量を行い、必要であれば補修を行う。

M君がそう伝えると、クライアント夫婦はなぜか安心した表情で「お願いします」と深々と頭を下げた。
その時のM君は大して気にも留めず、会社に帰り、さっそく数日後に予定された測量の計画を立て始めた。



数日後、予定通りに測量に着手した。
M君と、M君の会社の後輩A君、急遽ヘルプで入ってくれることになった別の工務店の設計士Bさんの3人で作業を始める。

まずは家の間取りを手元の方眼紙に書き取り、そこから家の中で傷んでいそうな部位を片っ端から写真に撮り、必要に応じてスケッチを書いてその長さや大きさを書き入れる。
このペースなら今日1日でおおかた終わりそうだ、他の2人の順調な作業を横目に見ながら、M君も作業を続ける。

「おーい、M君、ちょっとこっち来てくれる?」

夕方に差し掛かったころ、納戸(いわゆる物置部屋)の測量をしていたBさんが声をあげた。

M君が納戸に向かうと、Bさんは脚立に登って天井板を外し、天井裏を覗き込んでいた。

「どうしたんですか」
「いや、なんか天井裏が変なんだよ。ちょっと見てみてよ」
Bさんに促されて脚立に上り、天井裏を覗き込むM君。
「どこのことですか?まあ所々傷んでるけど、こんなもんじゃないですか?」
「納戸の隅の方見てよ。なんか変な出っ張りというか、箱みたいなのが付いてるよね?あれなんだろ?」
暗い天井裏を懐中電灯で照らすと、確かに隅の方に、大きさでいうと電子レンジくらいの木の箱のようなものが、天井の骨組みに固定されているのが見えた。

通常、古民家の天井裏には家の骨組みと天井を支える部材だけがあり、それ以外のものが取り付けられていることは少ない。良い大工が作った昔の家ほど、見えないところをシンプルに美しく仕上げているそうだ。
M君は、後から付けられた換気扇や何かの類いかと思ったが、外観を見てもそんなところに換気口はない。何かを補修した跡だろうか。

その正体は結局わからなかったが、目標にしていた作業の9割以上は完了していたため、天井裏のことはあまり気に留めず、その日は作業を終えた。




次の日、別の現場に行ってから、再び古民家にやってきたMくん。昨日やり残した部分の写真を撮りにきた。既に15時頃に差し掛かっていたが、その日は残業覚悟で、1人作業を始める。

夕方になり徐々に日が落ちてくる。工事のために電気を通しているとはいえ、古民家にはあちこちに暗がりができる。

作業を終えたあと、M君は昨日の納戸のことを思い出した。
「見積もりや工事にはたいして影響ないだろうけど、あれもいちおう写真撮っておくか」
おおよそこの位置だろうとあたりをつけて、脚立に登って天井板を外し、中を覗き込むと、ちょうど目の前に例の箱があった。

昨日は違う角度から見ていたたため気づかなかったが、箱の側面の板は固定されておらず、どうやらそのまま外せそうなことが分かった。

手を伸ばし、板を外したM君は、その箱の中身を見て戦慄した。

箱の中には布のかたまりが三つ並んでいた。その布のかたまりはちょうど、生後すぐの赤ん坊を連想する大きさ、形をして、座るような姿勢で並べられていたそうだ。お腹に当たる部分にはお札が貼られ、ところどころに血痕を思わせる、黒いシミもついていた。
顔の部分には目や鼻と思しきものが描かれており、そのどれもが凶悪な表情を浮かべていたという。

古民家を扱う仕事なので、お札や、いわくのありそうな品物には何度か遭遇したことのあるM君だったが、後にも先にも、あんなに禍々しいものは見たことがないという。

M君は箱を元通りにし、天井板を復旧してから、大慌てで自分の道具を引っ掴んでその場を後にし、会社に向かった。
会社に着く頃には少し落ち着きを取り戻し、車を降りて会社の事務所に入る。
定時はすぎていたが、後輩のA君がまだ残業していた。A君の顔を見てホッとしたM君。

「A、おつかれ!まだ残ってたんだ。今さっき、昨日一緒に測量した家に行ってきたんだけどさあ…」
言いかけたところでA君が言葉を遮る。
「Mさん、それ、何持ってるんですか?」
「え?」



M君の右手には仕事用の荷物が入ったカバン、左手には、あの天井裏にあった人形が1体、握られていた。




そこから1週間後、予定されていたクライアントとの打ち合わせ日がやってきた。
今日は例の古民家ではなく、M君の会社での打ち合わせだ。今回はM君と、M君の上司のCさんが同席する。
測量をもとに算出した詳細な工事金額やスケジュールを伝えるが、クライアント夫婦の顔は終始曇っている。

一通りの情報を伝えたところで、若干の沈黙が訪れる。
「内容についてどこかご不安な点がありましたか?」とCさんが促す。

「あの…」と口を開く夫。
「天井裏は…なんともありませんでしたか?」

伝えて良いものか迷っていたM君だったが、問われたので答えることにした。

「じつは納戸の天井裏に木の箱がありまして、開けてみると人形のようなものが三体ありました」

そう聞いたクライアント夫婦の顔は驚愕していた。

「まさかそんなところにあったなんて…」

わけがわからないM君だったが、続けてこう聞いた。
「あまり聞いてはいけないご事情のあることだったら大変すみませんが、あの人形は一体なんなんですか?どれもすごく凶悪な顏をしていて…」

それを聞いて、クライアントの夫の方が身を乗り出し、今までと打って変わって大声で叫ぶ。

「人形が!怖い顔をしていたんですか?!」

「はい、三体とも、とても怖い顔をしていましたけど…」
妻の方は、隣で泣き出してしまった。
青ざめた顔で腕を組み黙り込んでしまった夫。

呆然とする、M君とCさん。

再び沈黙が訪れる。

数分の後、夫の方が口を開く。
今回のリフォームの件は中止にさせてください。色々お手数をおかけしたのに申し訳ありません。契約はまだ結んでいませんが、これまでにかかったお金はきちんとお支払いします。ただし、あの家で人形を見たことは絶対に口外しないでください。これがお支払いするための条件です」

状況が飲み込めないM君たちだったが、尋常ではない様子に思わずその申し出を受け入れ、測量や見積もりにかかった費用を伝えて、その日は解散となった。

後日、クライアントからM君の会社に、伝えたよりも一桁多い、元の値段の5倍近い金額が振り込まれたという。
流石にこの金額は受け取れないと、クライアントに返金の連絡を取ろうとしたが、電話もメールも不通だったという。
それ以来、そのクライアントとは連絡が取れなくなったそうだ。




あの日、なぜかM君の手に握られていた人形は、その明くる日会社に出勤すると、跡形もなく消えていたという。

そしてその古民家は今も、某県の郊外にある、とある小さな山の中腹に存在している。


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