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リモートワークの孤独と幻想


#一人じゃ気づけなかったこと

私は自分に自信がない。特に誰に何を言われたわけではないが、どこか常に劣等感を抱いてしまう。コロナ直前に転職して以来、意欲と能力にあふれた同僚に囲まれるうちに、そんな自分が苦しくなっていた。

リモートワークでほかの人がどんな風に仕事をしているのかわからないし、その裏にどんな葛藤があってどんな辛さがあるのかも伝わってこない。見えるのはアウトプットだけ。いかにもさらりとこなしているように見えてしまう。

そうするうちに、私は自分のことがとんでもなく無能な人間に思えてきた。社内外の板挟みになって毎日が辛いし、システムはエラーを吐きまくるし、そのエラーによって関係会社から文句を言われ続けている。分析量は多すぎて追いつかないし、上司からの督促が鬼のように来る。

「私は、仕事ができない」

限界を迎えた私は、泣きながらそうこぼした。

すると、パートナーが言ったのだ。

「他人と比べて自分ができないと感じた上で悔しいと泣くのは、自分も出来るはずだと思ってる証拠。絶対に無理って思ってたら泣いたりしないよ。俺、空を飛んでる鳥を見て、なんで俺は飛べないんだ!って悔しくなんてならないもん。それにできると思っているってことはすぐそこまで来てるってことだよ。」

なるほどな、と思った。

彼らと私はそこまでの差はないかもしれない。少なくとも私の深層心理はそう感じている。まだ希望はあるのだ。

私は少し元気を取り戻した。

後日同僚たちと対面する機会があったので、仕事について聞いてみた。

私と全く同じ状況だった。

みんな苦しみ、もがき、辛さに耐えながら日々の仕事をこなしていた。そして驚くことに、彼らにとっては私も”平然と仕事をこなすデキる同僚"だった。

見えない、知らないとは恐ろしいことだ。簡単に幻想を生んでしまう。私はこんなにドロドロでぐちゃぐちゃでボロボロなのに。

でも、少し面白いなと思った。実はSNSのキラキラした人たちも、仕事できるマンたちも、実際はそうでもないのかもしれない。

私は自分のことを幸運だったなと思った。パートナーの言葉によって自分の可能性に気づき、同僚との会話によって孤独な無能ではないことに気づくことができた。

このことは私を救った。ひとりではきっと潰れていただろう。

今も横で楽しそうにテレビを見ている彼には感謝しきれない。

そして、私との会話で同僚も救われているといいな、と思う。

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