情報の切り取に改めて注意したい:ロシアのウクライナ侵略について考える
今回は、ロシアのウクライナ侵略に関わる情報を、シンプソンのパラドックスとの類似を考えてみます。
(1)シンプソンのパラドックス:データの部分と全体について
8月、ワクチンの効果に関して重症者の6割がワクチン接種者だというイスラエルの分析が話題になっていました。これは典型的なシンプソンのパラドックスと言われるもので、全体を見るか、部分を見るかで結果が180度変わってしまうことがある、という事例でした。
イスラエルの8月のデータでは、重症者はワクチン接種者に多かったようです。しかし当時はワクチン接種者は高齢者ほど多いという偏りがあって、年代別に見ると接種した方が重症化率が低かった、という例でした。(但しここで忘れてならないのは、この時点のデータにおいて、という点です。ちょうどワクチンの効果が良く出ていた時期でした。その後、効果が下がったことは周知のとおり。)
データを全体で見るべきか、部分で見るべきかは、そのデータ次第です。イスラエルの例では、「年代」は変えらない切り口なので年代別に分割して行う分析に意味がありました。しかし注意を要する場合もあります。例えば人工呼吸器の利用有無で死亡率を比較する場合です。そもそも誰が人工呼吸器を使うのかと考えれば「人工呼吸器の利用有無」は症状の結果です。従って事実として「人工呼吸器装着の重症患者 90%近くが死亡」が正しかったとしても、人工呼吸器を装着した方が死亡率が上がるとは言えません。年齢のように変えることができない分類ではなかったからです。他にも恣意的に分類されたデータでも起こりえます。数値だけを見るのではなく、データの中身を見ること、そしてどう解釈するかが重要なのです。
もう1つ、より具体的なシンプソンのパラドックスの例を見ておきましょう。下は嘘を言わずにできることで使った散布図です。
この例では、国語と数学に元々弱い正の相関があった場合でも、試験の合計点が一定の範囲の学生を選ぶと、この中では「国語と数学の点数には負の相関がある」ことになります。
つまり「国語と数学の点数には負の相関がある」は部分的に正しいかも知れないが、切り取られた情報であることがわかります。
この例では、どちらが正しく、どちらかが間違っている、という訳ではありません。条件設定次第だ、ということです。受験者全体の状況を見るなら正の相関。入学試験がある学校で分析するなら負の相関。
どちらも正しい。要は切り口、目的次第だ、と理解できます。
(2)ロシアのウクライナへの武力侵攻
について考えます。
最近、目にする機会が増えたと感じる主張は、ロシアだけが悪いのではない、ウクライナも迫害をしていた、ネオナチがいた、生物兵器を開発していた、アメリカが悪い、NATOの東方拡大が原因だ、というものです。そしてとにかく戦闘をやめることが、命を大事にすることだ、と。
この主張がなぜ広がるのかを考えた結果、シンプソンのパラドックスと同じ情報の切り取りで理解できるのではないか、と思いました。
何が重要だと考えるか。どんな切り口で情報を見るか
全体を見るか、部分を見るかを問うているとも言えます。別の言い方をするなら「将来・世界」が大事だと考えるか、「今・ここ」こそが大事だと考えるのか、と言えるかも知れません。いずれにしても、何が重要だと考えているのか、どんな立場(切り口)で議論しているのかを意識をしておくことが、理解を深めるためには不可欠だと思います。
最も分かりやすいのは、停戦に関する考え方でしょう。大統領が徹底抗戦を指示すると死者が増えるだけだ、人が死ぬからとにかく戦争をやめろ、国のために命を差し出すな、という主張があります。これは明らかに、今・ここでの死者を減らす立場の意見です。しかし長期的にどうな国の将来像が描かれるのか、世界の枠組みがどうなるか、一切議論されていないということを理解したいものです。
また情報の切り取りも多く見られます。どこの国も完璧ではない。ウクライナでもネオナチがいて、ロシア人差別や迫害があったのかも知れません。生物学的ないろいろな研究もしていたでしょう。それに今までもロシアによる他国への侵略を西側諸国があまり反応してこなかったことも事実でしょう。しかし、1つ一つが事実であったとして、それが全体の正しさは意味しません。この例ではウクライナが攻撃されて良い、という主張には結びつかないはずです。
物事を考える時、同じような事例を探してみることで、思い込みを可視化できる場合があります。今回多くの人が、ロシアのウクライナ侵攻が、日本帝国の満州への進出によく似ている、と指摘しています。満州に日本人を入植させ、迫害されていると言い、攻め込んだ日本。国際的な非難が少なかったため、その行動はエスカレートして行った。
極端に言えば、第2次世界大戦後の世界はこれを反省し、武力による一方的な現状変更を許さないという考えのもとで、曲がりなりにも秩序が保たれて来たのだと思います。勿論問題もあります。不満や矛盾を抱えている国は多く存在します。パレスチナのように侵略によって実際に土地を奪われている所もあります。しかしそれでも国連を中心に、何とか解決を試みて来た歴史があります。これを意識することが「将来・世界」を含む全体を見ることに対応すると考えます。
そしてロシアは常任理事国。常任理事国であるからこそ、国連の枠組みを無視する行動をしても、国連決議が出されることがない。こう考えると、ロシアは国際秩序そのものを壊そうとしているようにさえ見えます。ソ連邦の旗を掲げて進軍しているのは、「ソ連邦を取り戻す」ことを狙っているからのように感じます。
(3)以下私見
自分が何を望み、守りたいと考えているのか。それを明確に意識し、自分の意見を整理しておくことは、次に何かを判断する時、自己矛盾を起こさないための基礎になるはずです。
そこで私個人の意見を整理した結果、望んでいるのはそれぞれの人が将来にわたって安全に、自主的に、民主的に、平和に、自身の在り方を選択できる社会なのだ、と思いました。だからこそ、
主権国家に対して武力侵攻して良い訳がない
今の社会の枠組みを、武力で勝手に壊されたくない
と考えます。武力侵攻は、民主主義の真逆。強制された中立は、属国になることと同じ。自主決定権はないがしろにされます。(香港が今、どんどん自主決定権を奪われていることを見れば、自主決定権がないがしろにされるとどうなるか、容易に想像がつくはず。日本が傀儡政権で何をしてきたかを理解すれば、形だけの独立に意味がないことがわかるはず。)
これはウクライナとロシアの戦争で終わる話ではない。大きな歴史の流れの中で今回の侵略の意味を考えるべき。世の中に問題は山積していますが、今の社会の枠組み、自国のことは自分達で決めるという考え方を、武力で勝手に壊されたくないと考えています。
だからプーチン軍はウクライナから撤退せよ!
おまけ:
ウクライナも悪いと考えてしまうと、大日本帝国が満州に攻め込んだ時、中国も悪いから攻め込まれたのだ、と言わざるをえなくなります。牛久や名古屋の入管を自国民保護と言う名目で攻めてきた国があった場合、日本の政策が良くない、人命が損なわれているから攻められて当然だ、との主張になってしまいます。人が死ぬから抗戦をやめろと言うと、牛久や名古屋周辺の多くの家が攻撃され死者が出るから、何もせずに逃げて、占領されるがままにしておけ、となります。
自分の主張に一貫性があるか。常に確認していきたいと思います。