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スタートアップ「NOIN」が自社のストックオプション(信託型SO)の制度とその設計プロセスを完全公開します

ノイン株式会社では、2021年1月よりストックオプション(以下、SO)の設計を開始しました。2021年5月に信託型SOを使ったインセンティブ制度を導入し、2021年10月には上半期の評価(初めてのポイント付与)を終えております。

社外に公表できるようなフェアな制度を作れたので、今後SOの設計をする経営者や実務家の方の参考になればと考え、会社の同意を得たうえで当社の制度を作っていったプロセスを私のnoteで公開することにしました。

※当時の選択として信託型SOの採用を決定しましたが、現時点で改めて最新情報で判断し直せば信託型SOを採用することはないと思います。金融商品の進歩は早いので最新情報でご選択くださいませ。一方で株式報酬の分配ロジックの考え方についてご相談いただくことは今も続いており、本記事の内容についてはご説明することが度々あるため、再度公開いたします。なお、すでに執筆者の土屋は同社を退職済みであることも合わせて追記いたします。(2024/4追記)

インセンティブ制度に込めた想い

世の中には起業してもIPOしなくていいとか、SOを目当てにスタートアップに行くのは違うとおっしゃる方々がいらっしゃいます。たしかに我々の事業の目的はお金じゃないですし、世の中に最高のサービスを提供し貢献するのが会社の存続意義です。当社には「本当にほしい化粧品が『見つかって』、それが『当たり前に買える』世界をつくる。」というミッションがあり、それを実現するために「最先端のTechnologyとMarketingでブランドと消費者の課題を解決し、BeautyTechとして業界のリーディングカンパニーとなる」を達成したいと思っております。

一方で、その目標の達成は非常に険しいですし、現時点から見れば簡単な道のりではなく、その過程にはスタートアップならではの苦労もあると思います。そのリターンとして多くの社員にチャンスがあり、夢のある制度を設計したいと思ってこの制度を作りました。

会社としてのIPOの目的は決してSOでリターンを得ることではありませんが、結果としてそのような節目を迎えられたらとても嬉しいし、全社員で共通の目標とすることは良いことなのではと思っております。

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どのようなメンバーで設計していったのか

CEO渡部とCOOの千葉、経理部責任者で会計士の越田、そして今この記事を書いている私の4名が中心になり、作っていきました。渡部からはどういう人を当社として評価していきたいかのビジョン、千葉は前職GunosyでのSOの行使及び運用経験、そして越田は会計や税務の観点より設計に携わっています。私個人としても経理経験14年と人事経験5年の集大成としてこの制度の設計に関わっています。

どんなタイプのSOを選択したのか

今回導入したのは信託型SOというものになります。2年以上前より検討をしておりましたが、近年上場の事例も多く一般的なSOよりメリットが大きいと考え、こちらを選択しました。今回の記事ではSOの仕組みそのものには主眼を置いていないため、この辺の詳細は割愛いたします。

どんな流れになるのかを理解

それでは当社がインセンティブ制度を作るまでに検討したことを順番に説明していきます。まずどんな流れでインセンティブが社員に与えられるのか、スキームそのものを理解しておくことは重要です。社員が売却益を手に入れるまでのフローを図解するとこうなります(制度を伝えるのが目的なので、ここから先は正確性を多少犠牲にしてご説明します)。

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Step4~5:SOの行使と株式の売却に関して

スキームは逆から説明したほうがわかりやすいですし、実務的にも逆から検討していくことになるので、まずはStep4~5からご説明していきます。
当社のSOの場合、IPO後にSOを行使すると約500円で普通株式が1株購入できます。(この株価は雑に概算する方法もありますが、設計する段階では専門のコンサルで算定していただきます。)そしてその普通株式は当社の時価総額が300億だった場合、約4,000円程度で市場売却できる予定です。つまり差額の3,500円が売却益になります。
仮にSOを1,000株交付されていた場合は、300億上場の場合、「(4,000-500)円×1,000株=3,500,000円」となります。
まず、このように実際に想定する売却益がどの程度になるかをイメージして、社員に対してどれくらいのメリットを準備できるかを大まかに把握しておくことが重要です。

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なお、良くある論点として「SOは株価が高くなる前に早めに設計したほうが良いのでは」というような議論があると思います。個人的にここに関しては「500億以上のIPOを考えているのであれば、SOの行使価格は100円でも300円でも1,000円でも、たいしてリターンは変わらないので焦らなくて良い」と考えています。6,700円との差額で考えると微々たる差ですよね。当社では貴重な資金はまず全力で事業の成長に使うべきと考え、シリーズCの後までSO発行を見送ってきました。

もちろん、安い行使価格でのSOの発行を目的とするのではなく、重要な社員の採用やリテンションのために発行するなど、違う意図をもって発行するケースはあると思います。シードやシリーズAの段階でのSO発行を否定するつもりは全くないのでご容赦ください。

また行使価格については、実際のIPO後に権利行使する際に「行使価格が高いと相当のキャッシュが必要になる」という論点もあるので、早いほうが良いというロジックもあると思いますのでご注意ください。特にCXOクラスで10,000株等を付与するようなケースにおいては、行使価格500円だと行使時に現金で500万円必要になるので、段階的な行使もしくは借り入れなどが必要になるケースもあります。

※シリーズCまで信託型SOの採用を見送ったのは、2018年~2020年時点での信託型SOを使った上場事例の数、入手可能な情報量、コンサルティング会社への報酬体系、そして本記事のようなフェアにポイントを付与する方法が思いついてなかったことによる総合的な判断ですので、現時点でどう考えているかについてはまた別のタイミングで記事にしても良いかなと思っています。(2022/3/16追記)

ここまででStep4~5はご理解いただけたでしょうか?次に検討したのはSOをどれぐらい発行するかという論点です。

SOをどれぐらい発行するか

具体的に何個分のSOをプールするのかによっても社員に与えられるインセンティブの総量は変動することになります。ここは投資家との投資契約などによっても制限が加えられていたりする場合があるので、会社さん次第ではあります。またもう一つ別の論点として一般的にはIPO時点での潜在株式(主にSOなど)は総発行株式数の10%以下に抑えたほうが良いという意見もありますので無限に発行することは叶いません。資本政策と今後の資金調達の計画やIPO後の株主の株式保有率などのバランスを検討しながら、当社は信託型SOの評価制度に割り当てるSOの数を360,000個としました。

この総量を決めたら、次は、どういうロジックでSOやポイントを付与するのか、具体的な信託の設計を検討していくことになります。

Step3:ポイントとSOの配賦方法について

信託型SOの場合、このポイント付与ロジックはかなり自由に設計ができるのですが、当社は議論を重ねた結果、「半期の評価ごとに毎半期10,000ptを評価結果に従い、社員に分配していく」というシステムにしました。

設計のこだわりポイント①毎期10,000ptの配賦

今在籍している方と上場1年前に入社した方は、同グレードの方であってもIPOへの貢献度や入社時にとったリスクは違うというと考えています。IPO直前ですでに有名なサービスになったタイミングで入ってくる方と、有名なサービスになるまでのプロセスで貢献した方へのリターンはフェアなルールの中で差をつけたい。この方法を考えぬいた結果、毎期10,000pt配賦するという方法を思いつきました。早く入社した人ほど一人当たりのポイント付与数が多くなる可能性がある設計にできますし、毎期同じポイント数をその期に在籍したメンバーに配るという制度は、一定の統制が取れたフェアな方法であると考えています。

例えば、仮にIPOまで6年かかったとしたら全部で120,000pt配賦(10,000pt×年2回×6年) することになります。この場合、当社がプールした360,000個をIPOまでの累積ポイントに従い配賦したとすると、1pt=3株になります。

そうすると例えば、以下のような計算式が成り立つことになります。

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仮にIPOが4年(80,000pt)でできれば1pt=4.5株ということになるので、1pt=3株と比べると1.5倍になりますし、9年(180,000pt)であれば1pt=2株なので3分の2になります。こう考えると1ptが何株相当か分かりにくいように感じられるかもしれませんが、これには理由があります。

設計のこだわりポイント②IPOのタイミングにかかわらずフェアに運用ができるようにした

評価制度やグレードの定義を公開して、オープンにしている会社は増えてきてますが、SOはブラックボックスになっている会社が多い印象を受けます。個人的にそれには要因があると思っています。

SOの計画策定で一番難しいのは、IPOまでの年数の計算です。予定よりIPOが遅れた場合、もう配るSOのプールがない!ということが起こりがちです。一方であまり配らないとSOの行使価格がどんどん上がっていってしまい、魅力のあるSOの設計ができなくなります。

特に従来のSOだと入社時に相当数を付与するケースも多く、そして、付与してしまったSOはあとから修正ができないので、一部の人に付与しすぎてもう調整不可能なほどアンフェアな状態になるということがあります。

創業初期やシリーズAぐらいの段階でまだサービスの将来像や、上場までの時間軸、必要な組織・人員数の解像度が高くないタイミングで多くのSOを発行してしまうと、結構リスクが高い気がします。しかもそういうタイミングだと会計や人事制度設計の専門家もいなかったりして、シリーズBとかCで入ってきたCFOやCHROから「も、もう直せないじゃん…なんでこんな設計に…。」とか、IPO直前に各部署から「なんであいつがあんなにSOを持ってるんだ」「この人にもっとSOを発行したかった。こんなに活躍してくれたのに」みたいなことが起こるのがスタートアップのSOあるあるかなと。賞与や給与ですら起きるトラブルなので、これだけの金額がかかったSOであれば、アンフェアな状態がどれだけ根深い問題になるかということはイメージいただけるのではないかと思います。

当社の導入した仕組みであれば、IPOのタイミングを変更したことで特定の社員に損得が発生するといったことを全く気にすることなく、半期毎の評価を適切に運用をしていくができると期待しています。

設計のこだわりポイント③半期ごとの評価が蓄積されるようにした

人は忘れるもの。1年前のプラスの実績のことより直近のトラブルが気になります。勤めていれば自分の上長も変わるし、そのことにより評価も大きく変わるかもしれないですよね。本来それは適切に評価会議の段階で調整されるべきことですが、会社が大きくなれば評価者の数も増えるしそのコントロールをし続けることは人事部としては限界があります。

SOを1年に1回発行するとしても、個人的には全部署で1年前の実績が適切に反映されるかは少し怪しいと思っています。また一般的にSOは上場前に調整が入ることが多いと思いますが(余ったSOを一気に分配するとか)、その場合どうしても直近の評価に大きく影響を受けると思います。

この問題を仕組みで解決したかった。半年ごとに評価結果が本人に通知され、ポイントが蓄積されるシステムは、透明性と納得感が高いSOの運用ができるのではと考えました。

「SOもらえるって聞いてたけどもらえなかった。」「給与と違ってSOはCEOの一存で決まるからブラックボックス。」「CEOのお気に入りがいっぱいもらってるらしい。」などなど、SOに負の体験や不満がある方も多少いらっしゃると思いますが、当社はフェアな設計と運用に、自信と覚悟をもって取り組んでいきたいと思っています。

さて、ここまででインセンティブ制度の枠組みは決まってきました。それでは次に、具体的な社員への配分ルールはどうでしょうか?ここで、Step1を検討することになります。

Step1:毎期の10,000ptの配賦方法の考え方

半期ごとの評価のタイミングで、評価に従い以下の評価点を個人につけます。そしてその評価点を基準に10,000ptを配賦します。この辺りは一般的な評価制度を思い浮かべていただければ認識はずれないと思います。


▼評価点テーブル

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設計のこだわりポイント④グレードごとの評価点の傾斜を強くした

ここは会社の人材育成や評価に対する考え方により分かれるところではありますが、当社ではグレードごとの評価点の傾斜を強くしました。注目いただきたいのはマネージャークラスのところでして、[G-E]から[G-F]のグレードに上がると、なんと評価点が3倍以上になるようになりました。上のグレードへ上がりたいモチベーションの醸成により、一人当たりの貢献度が大きくなり、結果として事業が成長する期待を込めたものです。なお、取締役の渡部・千葉はこのインセンティブ制度の対象外としています。めちゃくちゃ活躍する社員が出てきて、上位のグレードが利用されるようになると嬉しいなと思っております。

最も大事なプロセス。それは制度を使ってみること

これでインセンティブ制度の大枠は出来上がりました。最後は検算です。(実際には全てのTODOを同時並行です。)振り返ると最も重要なプロセスだったと感じています。

まず、6年分のざっくりした事業計画を作成し、グレード別の人員計画を作ります。人員計画は150人プランと300人プランを作りました。

そして出来上がったのが毎期のグレード別想定リターンのテーブルです。これは300億上場で150人の人員計画パターンです。これを想定上場時人数(150人or300人)、想定時価総額(300億or500億)で4パターン作っていきます。

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そして4パターンを集計して1個の表にしたのがこちら。
2021年4月よりIPOまで在籍し、その該当期間ずっと同グレードで普通評価(100%達成)だった場合の、IPO時の想定リターン(株式売却益)を4パターン集計しています。この二つの表の計算には非常に変数が多いので、あくまで想定リターンですが、ご参考になれば幸いです。

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こちらのテーブルを用いて行った検証が、前期2020年10月~2021年3月の評価結果にあてはめて、実際の個人別の売却益の計算結果が想定のイメージと近いかのシミュレーションでした。さすがに個人名が載るのでこればかりは開示できないのですが、このプロセスが一番大事でした。机上の空論より使ってみるのが何よりの検証になります。

当社も、実際にはイメージ通りにいかずStep1のテーブルを何パターンか作って納得いくまで議論を重ねました。結果、このnoteに記載されたようなインセンティブ制度になっております。本当にこの検証やっておいて良かった。。。やってなかったら初運用のタイミングで大問題になってました。

結果として、「現在在籍する部長~執行役員クラスは、500億前後の時価総額でのIPOができた場合」そのリターンは1億を超える可能性があるような形になりました。個人的にご注目いただきたいのはマネージャークラス(同グレードの管理職ではないスペシャリストも対象)です。図を見ればお分かりのとおり、なんと想定リターンは「2,000万円~4,000万円」ということになっています。

最後にちょっと個人的な決意を

ノインに転職してから4年半、管理部全体の責任者として採用から経理まで幅広くやってきました。ただ、前職が上場企業で経理の責任者を務めていたこともあり、心のどこかでメインは経理という気持ちが残っていたように思います。

実はこの春から希望して、総務人事部と経理部を分け、総務人事部の責任者になりました。会社も60名を超える組織となり、信託型SOという運用が難しい制度も設計しました。これからますます評価や育成など人事系の課題が重たくなってくるのを感じており、この領域にフルコミットしようと思ってます。

採用や労務などのHR領域はまだまだ4年と経験が短いですが、この領域の奥深さと面白さを全力で楽しみつつノインに貢献していきたいと思います。次は目標管理や評価制度のレベルアップに着手します。

「SOの設計気になる。」「なんで信託型SOにしたのかもっと詳しく聞きたい。」など、SOの設計について悩んでいる経営者や実務家の方とかいらっしゃったら、ここに書ききれなかった当社の議論や私の経験で良ければお話しできます。Twitterのリンク張っておくのでお気軽にDMください。

なお、念のために補足ですが、
※あくまで本noteはインセンティブ制度を作る思考過程を明らかにして、より多くの方に自社のインセンティブ制度について考える機会を提供したいと思ったことをきっかけとして、当社の許可を得たうえで私が個人的に作る際に工夫したことを記載させて頂いたものであり、私自身(会社も)、当社への入社を勧誘する意図したものでもなければ、当社の新株予約権を取得するように勧誘するといった意図も持っていません。
※既存社員や今後入社される方のSOの付与を約束するものではありません。
※SOの交付を受けられるのはSO信託期間満了日(IPO6か月後)の発行会社の判断で交付することが決まった場合に限られます。

スタートアップの方がストックオプションの制度設計を考える際の参考になれば幸いです。

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