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認知症の人の意思とカリフォルニアから来た娘

認知症の患者さんが重要な医療の選択を迫られたとき、その意思決定は簡単なものではありません。たとえば、80歳の女性が誤嚥性肺炎で入院しているとしましょう。彼女は以前、病状が悪化した場合には積極的な治療を受けたくないと話していたとします。でも、1-2年前から言語によるコミュニケーションは難しくなってきており、今はもう自分で意思表示ができない状態です。こうなると、家族はどうすればいいのか、医師や看護師はどうサポートすればいいのか、という問題に直面します。

ここで大切なのは、まず患者さんが以前にどんな願いを持っていたかを聞き取ることです。それが今も患者さんにとって最良のことなのか、家族やケアチームと一緒に考えていく必要があります。そして、その選択が患者さんにとって本当に害にならないか、彼女の利益になるのかをじっくりと検討することが求められます。

家族としては、大切な人が少しでも長く生きていてほしいと思う人もいます。だからこそ、医師や看護師、ソーシャルワーカー、介護職員と話し合いを持ち、どのような治療があって、それぞれの治療法が患者さんにどの程度の苦痛があるのか、改善できることなのかを共有することが重要です。患者さんの過去の意向、今の医療状況、家族の願い、それぞれの視点から最良の答えを見つけるための、繰り返し話し合いが必要になる場合もあります。

この過程では、みんなが同じ情報を持ち、みんなの意見が尊重されるようにすると、最終的には患者さんの最良の利益を考えた上で、どの道を選ぶかを決まっていくことになります。それが医療倫理に則った、認知症ケアにおける意思決定のプロセスです。

とここまでで済めば、スムーズなほうだと思います。認知症のケアに関する意思決定は、特に家族間の関係や動機によってさらに複雑さを増します。たとえば、これまであまり関わってこなかった家族が突然、積極的な延命措置を望んだり(カリフォルニアから来た娘症候群)、患者さんが生きていることで経済的な利益を受けているケースもあります。こうした状況は、患者さん本人の意向とは異なる可能性があるため、医療倫理の観点からは非常に扱いが難しいものです。

ここで最も大切なのは、患者さんの過去の意向と現在の状況を最優先に考えることです。もし患者さんが以前、積極的な治療を望まないと明言していた場合、その意向を尊重することが医療倫理の基本です。その上で、患者さんがどれだけ家族の意向を重視していたか、またその家族の意向が患者さんの最善の利益に沿ったものなのかを慎重に考える必要があります。

家族が経済的な利益を受けていることが意思決定に影響を与えている場合、その動機は倫理的な議論の対象となります。こうした状況では、患者さんの福祉を守るためにも、医療チームは患者さんの利益を最優先にし、必要に応じて第三者の介入を検討することが重要です。ソーシャルワーカーや倫理委員会の参加は、こうした複雑な意思決定プロセスにおいて公平性を保つ上で役立つことがあります。また、家族自身の経済的な不安が、さまざまな視点で解決できる場合もあります。患者さんだけでなく、家族自身の課題にもアプローチすることが必要な場合も少なくありません。

医療関係者や介護関係者が複雑なケースに直面した際には、以下のアプローチで意思決定への問いかけを行うとよいでしょう:

  1. 患者の生活歴と価値観の理解: 患者さんの生きてきた歴史、価値観、信念を理解するための情報を収集します。これには、過去の医療記録、患者さん自身の言葉による遺言書や事前指示、家族や友人からの情報が含まれます。

  2. 身体の健康の評価: 患者さんの現在の健康状態と予後、提案された医療介入の可能性とその利益・リスクを評価します。

  3. オープンなコミュニケーション: 家族や関係者とのオープンで透明なコミュニケーションを確立し、全員が情報を共有し、それぞれの意見を尊重する環境を作ります。

  4. 利益相反の検討: 家族が経済的利益を受けている場合は、その事実を開示し、どのようにそれが意思決定に影響しているかを評価します。

  5. 倫理的な指針の確認: 自律尊重、不害、善行、正義の原則に基づいて、患者さんの最善の利益について検討します。

  6. 多職種間の協議: ソーシャルワーカー、倫理委員、法的アドバイザーなどを含む多職種間での協議を行い、倫理的な側面からの意見を取り入れます。

  7. 意思決定への導き: 患者さんの自己決定を尊重するために、可能な限り患者さん自身の意思に近い決定を導き出すよう努めます。

これらのステップを踏むことによって、医療・介護関係者は患者さんの意向と最善の利益に沿った、倫理的な意思決定プロセスを進めることができます。
ケアチームだけでは対応に苦慮する場合もあります。行政や地域包括支援センターにも連絡を取り、話し合いに参加してもらうようにする場合もあります。厚生労働省も課題としてとらえており、重層的支援体制整備事業を推進しています。この政策の地域事業への展開が期待されている領域です。

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