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認知症の人と胃ろうの議論(年末に家族で話そう)

以前から、認知症の人への経管栄養や胃ろうの導入などについての議論がたびたび出てきます。私もかつて診療でかかわった施設には、基本的に胃ろうを作る前提である病院などもありました。10年以上前ですが衝撃を受けました。
末期認知症の人への胃ろうの議論についてみると、心の古傷がちくんと痛みます。


胃ろう造設の議論の難しさ

認知症の場合、嚥下の障害が出現するまでに10年以上の期間があることも少なくありません。その人の人生にパートナーがいても、その人たちがその期間をすべてパートナーできないこともあります。パートナーが先に病気になったり、亡くなってしまうことも少なくありません。そうすると、認知症が進行した時に、本人の意思を確認できない状態になってしまうこともあります。

急性期病院側にもジレンマがあります。胃ろうは低栄養状態に対して「やれること」です。「やれること」をしないことには、慎重になることが多いです。「胃ろうをしないこと」の同意が得られないことが原因で、なし崩し的に胃ろうが造られてしまうこともあると思います。

そもそも終末期とはどのような状態でしょうか?私のところに終末期とされて紹介されてきた人は、確かに生活機能はほぼない状態もの人もおられました。ただ、コミュニケーション障害が失語症で起こっていた方もおられますし、その人とのコミュニケーションの取り方に周囲の人も家族も気が付いていない場合も結構あります。
また一人ひとりの中で終末期とはどういう状態かのイメージが異なるのではないかと思います。

以下の記事でも「ジョニーは戦場に行った」のことに言及しました。


神経変性疾患の人が胃ろうをするのは珍しくない

私には、認知症をひとくくりにして、胃ろうをすべきではないというような考え方にはためらいがあります。私は、神経変性疾患とよばれるパーキンソン病や進行性核上性麻痺、大脳皮質基底核変性症、ALSなどの病気の方をたくさんみてきました。これらの病気では嚥下機能低下も認知機能低下も起こることが多いです。そして、胃ろうを作っておられる方も多いです。

パーキンソン病は、脳幹にある中脳黒質線条体から障害が始まりますので、認知機能が保たれた形で嚥下障害が出現します。ですから胃ろうを選択されることは、比較的多いと思います。その後、進行すれば認知機能の低下を起こしてきます。一方でレビー小体型認知症の場合はどうでしょうか、大脳の表面から神経変性が起こってきます。嚥下障害も比較的早く起こってきます。同じ病気でもレビー小体型認知症は胃ろうを作れないとはそうそういいにくいと思います。

ALS(筋萎縮性側索硬化症)については、みなさんご存じの通り、四肢を動かすことも呼吸をすることも、嚥下をすることもできなくなる病気です。胃ろうを作る選択に議論をすることは少ないと思います。一方で、ALSでも認知機能の低下を合併する人がいます(ALS-D)。その時、この人は認知症があるから作れませんといえるか、主治医だったら自信はありません。

では、アルツハイマー型認知症ではどうでしょうか。アルツハイマー型認知症では、病理学的に運動機能をつかさどる錐体路と呼ばれる部分が障害されることが少ないことが知られています。ですので、記憶障害や道に迷うなどの症状が出現しても、歩けます。また嚥下機能についても最後のほうまで保たれることが多いです。ただし、早食いになったり過食になることはあります。

アルツハイマー型認知症の方の終末期には、ご本人とのコミュニケーションはほぼ取れない状況となっています。そのうえで、むしろ食に対する興味がなくなったり、食べなくなるということのほうがあっているような状況になることがあります。食事をとることを望まないような状況です。栄養価の高いドリンクなども試しますが、興味を示さなくなります。

こういう場合は、診察ごとにお話をしながら、本人が元気なときに話していた意思をもとに、ご家族と方針を決めていきます。本人が胃ろうを希望していない場合でも、ご家族がご本人の決定の受け入れに時間がかかる場合もあります。本人の意に反して延命治療を望まれる場合もあります。何度も何時間も家族と訪問看護と訪問医が自宅で話したこともあります。私が訪問診療している患者さんでは、胃ろうを選択した方はおられません。ただ胃ろうについて専門家でない家族が理解することは、すごい労力が必要な場合もあります。こうやって認知症の人を在宅で看取るケースは少なからずありますし、私はその選択に関する支援をしています。

ただ、ひょんなことからキーパーソン以外の立場の家族が突然訪ねてきて、物言いをつける場合があります。この状態に至った長い過程をご存じない場合も多く、本人の意思決定に反して胃ろうを選択される場合があります。これは、ほぼ修正不能です。この「カリフォルニアから来た娘症候群」と名付けられたシチュエーションには何度も泣かされています。日本でいうところのちゃぶ台返しですね。

だれがどこで線引きをするのでしょうか?
これまで、脳神経内科医として、こういう究極の選択に何百例も立ち会ってきましたが、一人として同じ人はいませんでした。


認知症以外の病気で、食べられなくなることも多い

認知症が原因で食べられなくなる状況は、上に述べたとおりです。しかし、経過の中で突然食べられなくなる、食欲不振が起きることがあります。それが肺炎です。

認知症の人は、早期でも中期でも関係なく、肺炎になります。新型コロナウイルス感染症だけでなく、肺炎球菌による肺炎、飲みこみが悪くなった時の誤嚥性肺炎など様々な原因で肺炎になります。

肺炎を起こすと、呼吸が苦しくなります。呼吸を止めなければ、嚥下ができませんので、食事量が減ることが多いです。
誤嚥性肺炎の場合は、さらに嚥下をすることで肺炎を起こしていますから、食事がとれなくなります。

一番多いのは急性期病院に入院した場合です。高齢者は認知症がなくとも入院だけで急激に体力が落ちます。保たれていた認知機能が急激に落ちます。歩行をしなかったりすることで、排便コントロールがつかなくなったりして、食事が摂取できなくなることがあります。

絶食にすればするほど、このジレンマから抜け出せなくなります。医療者も一旦治療を開始した手前、引くに引けないですし、慢性期になる前に転院させるために胃ろうを作る提案をします。急性期病院で、急に意思決定を迫られ、パニックになり胃ろうの選択をされる人もいます。胃ろうを拒否してもCVポート、点滴をすすめているケースもありそうです。
家族から見たら、治療して元気になるために入院したのに、胃ろうを作る話が突然降ってくるように思えていると思います。

病院によっては、そうならないように急性期治療中からリハビリをしたり、治療が済んだら一刻も早く退院し、元の生活に戻ることに積極的に取り組んでいます。


胃ろうをしたら食べられないわけではない

余談ですが、胃ろうになったら食べられなくなるわけではありません。食事量が不十分な状態では、胃ろうを利用して低栄養を改善し、その後、嚥下機能の改善に合わせて経口摂取に戻していくこともあります。胃ろうを閉鎖するようになる方も少なからずおられます。もちろんこういう積極的な治療については、その前の体力、合併症、年齢などは加味されます。
ちなみに胃ろうパッシングが起こるようになって、CVポートの方や、胃管のまま返される方もおられるようになった印象もあります。本人もつらいので自己抜去しますし、対応に苦慮することも多いです。診療報酬もそちらを後押ししているという話もあります。これなら胃ろうのほうが苦痛が少なく、管理もしやすいと思います。


本人の意思決定を支援する

来年から認知症基本法が施行される2024年は、本人の意思決定を支援することが求められる時代になります。家族が本人の治療について代理・代行決定してきたこれまでとは異なります。


意思決定支援に関するガイドラインも出ている

認知症は疾患により重度になるまでの期間は大きく異なります。
脳炎やクロイツフェルト・ヤコブ病などの感染症に伴うものや、重度の脳梗塞、脳出血、くも膜下出血などは、意思決定をするタイミングがないこともあります。こういう場合においても、どうやって本人の意思決定をしていくかをきちんと評価する必要があります(合理的配慮)。

一方で、アルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症、血管性認知症は、年単位でゆっくりと症状が進行することが多い疾患です。ご本人の心身の調子が良いときに、将来のことやどのように暮らしたいかなどを話し合う時間は持てることが多いと思います。

こういう個別の人生観について、この年末年始などに、定期的に話し合うことが、将来的に胃ろう造設であったり、施設入所のタイミング、在宅継続の意思確認などにもつながってくると思います。

誰もがなる可能性のある認知症、その人たちの意思決定支援の事例については、また書いてみたいと思います。



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1月1日祝っていただきました!


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