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遠くで家具を売る人

隣町で木工房を営む阿部さんから頼まれて、千葉県から来る家具屋さんを森に案内することになった。
阿部さんの工房では飛騨の木で一枚板や接ぎ板のテーブルを作って全国の家具屋さんに納めている。千葉の家具屋さんもその取引先のひとつ。お客様のゆたかな暮らしとそのための出会いをつくることを標榜しているお店だ。
テーブルの天板には、「一枚板」といわれる大きな板そのままのものと、「接ぎ(はぎ)板」といわれる複数の板を接着剤などで接ぎ合わせたものがある。一枚でテーブルになるような大きな板がとれる木はほとんどなくて、希少価値が高く値段も高い。一枚では使えないそれぞれ大きさの違う板は、2~4枚をうまく接ぎ合わせて使う。
千葉の家具屋さんは、立派な一枚板のテーブルはその良さをお客様に伝えることができるけど接ぎ板のことはうまく説明できない、と言う。森に入ったことがなければ(入ったことがあってもそういう目で見てみないと)、どんな木がどんな太さでどんなふうに生えているかわからないし、そこから板をとって接いだものにどんな価値があるのか伝えることができない、だから一度きちんと森を見たい、ということだった。ちなみに、飛騨のある岐阜県の森林率は81%で高知県に次いで全国第二位、千葉県は大阪府と並んで最下位の30%の森の少ない県だ。

9月のある日、千葉から車を運転し、お店の店長さんと店員さん、そして撮影をする人が飛騨に来てくれた。森や家具の製作風景の映像を撮影してコンセプトムービーを作って店頭で流し、お客さんに直接見てもらいたいのだそうだ。
近所の岡田さんの森に入らせてもらう。森を見て木も見る。例えばある木を育てるにはどんなふうな手入れをして、どんなふうに伐って、どんなふうに運びだすかを話す。続けて阿部さんが、それぞれの木が家具になった時の特徴や、この木だったらどの部分を何枚板に出来て、どうやって接いで天板にするかという話をする。
カフェトレッキングで培った森のおもてなし術を活かし、その場でクロモジを採り、森の中でお湯を沸かしてクロモジ茶とコーヒーを入れる。拾った大きな朴葉の上にお菓子を置いて食べながら、ゆっくり話をする。
「日ごろ家具を販売していて、お客様がなかなか見ることのできない家具の産地の風景やストーリーこそ、本来であれば一番お伝えするべきところだと考えていました」と店長さんは言った。

一般の人、建築家やデザイナー、林業家、偉い先生、いろいろな人が森に来てくれるけれど、家具を売る人が来てくれたのは、なんだかとてもうれしいことだった。
売れることは、ものとつくり手への最大の評価になる。いくら、これはいいものだ、いい物語がある、社会や環境にもいい、なんて言ってくれても、それは相対的なものだし目に見えない。売ってくれる、買ってくれることは、目に見える絶対的な評価になる。僕や阿部さんにとって僕らの森や木や家具のことを、遠いところで伝えて売ってくれる人がいるのは、うれしいことだ。家具を買ってくれた森の少ない場所で暮らす人たちもここに来て、森を、その森から生まれた木がある暮らしを、ゆたかに楽しんでくれたらと思う。

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