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フォレスターは知らない

岡田さんの森はクワガタムシの森だ。

岡田さんは県の森林公社で働き定年を迎えた後、代々受け継いできた里山に道をつくって森をみんなに開放している。そこでは、スギ林の丘、雑多な木が生える作業道、その奥のコナラが並ぶ山の小道など森の多様性を見ることができる。町から近いので、森に行きたいという仕事のお客様を案内する場所でもあるし、休日に散歩に行く場所でもある。

ある日「今度の日曜日、息子と一緒に虫を探しにお邪魔します」と言って、虫好きの息子と一緒に森に行くと、そこには虫かごを持った岡田さんがいた。虫かごの中にはコクワガタのオスとメスのつがいが入っていた。
「カブトムシかミヤマクワガタを捕まえておいてやろうと思ってたんやけど、ちょうどそこのナラの木にこいつらがそろって2匹いたんや」
虫かごとおがこと昆虫ゼリーのおまけ付きの岡田さんからのプレゼント。家に連れ帰った2匹は仲が良いわけでもなく本当につがいだったのかもあやしいものだったが、マイペースな彼らの暮らしぶりを観察しているのは楽しかった。その後2匹ともお亡くなりになってしまい、僕は息子とまた岡田さんの森に行き、1本のナラの木を選んで根元の小さな洞にそっと2匹を寝かせて上から落ち葉をかけた。息子は岡田さんの森をクワガタムシの森と言い、たまに遊びに行ってナラの木の前で手を合わせる。それから生まれ変わりのコクワガタがいないか探している。

そんな岡田さんの森で、今年の夏にスイスからフォレスターを招いて森づくりの研修が開催された。
「フォレスター」とは森のプロフェッショナル。スイスのフォレスターは、森林作業員の国家資格を取得後に作業員としての実務経験を積み、さらにフォレスター学校を経て国家資格を取得した人がその職に就くことができる。
フォレスターは森のことは何でも知っている。
研修ではフォレスターに良い森づくりについて教えてもらう。フォレスターの言う良い森とは良い林業ができる森。それは「恒続林(こうぞくりん)」と言って、価値のある木をずっと収穫することができる森。あまり手をかけずに、収穫する事が手入れになるような状態を維持することを目指す。
フォレスターのロルフは岡田さんの森を観察して状況を紐解いていく。生えている木のほとんどがひょろ長い。ロルフはその理由を、木々の生育環境が密すぎ、つまり光が不足しているためだと言った。広葉樹はその名の通り横に枝を広げ太い幹をつくるという特徴がある。しかし、密集した生育環境が木々の成長競争を助長し、光不足になった木々は幹が横に太くなっていくよりも早く上へ上へと向かって伸びてしまった。このような木は風や雪に負けやすく、木材としての価値も低くなるので、あまり良い森とは言えない。
研修では全国から集まった30人ほどの参加者がグループに分かれて、育てる木(育成木)と伐る木(ライバル木)を選ぶ。それに対してロルフがフィードバックする。
そして後日、森林作業者を対象にして実際にライバル木を伐る伐倒研修も行われた。岡田さんの森の木が何本か伐られた。きっとその木々の隣や下にいた木は将来より木材として価値をだすことができるようになり、森全体の価値もあがるのだろう。

研修の後、光が入って明るくなった岡田さんの森に行った。岡田さんはいくつかのナラの切り株をみながら、「この木はカブトムシやクワガタムシがたくさん集まる木だったんやけどなあ」と冗談まじりで言った。虫たちに人気のレストランの何軒かはなくなってしまったらしい。
2匹のつがいのコクワガタが眠るナラの木は、育成木にもライバル木にも選ばれず、なんでもない木としてそこにそのまま立っていた。

岡田さんの森はクワガタムシの森だ。そのことをフォレスターは知らない。
知らなくても仕方ない。誰かは知っているけど誰かは知らないことが森の中や世の中にはたくさんあるのだ。

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森と木の仕事をしています。ここでは仕事を通じて出会った森に集う人たちのことをB面的に書いています。いつか森の中の小さなカレー屋さんを開きたい。毎年夏になるとみんなでらっきょうを剥くワークショップをしています。