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これからの都市が叶える職住近接

都市をテーマとする雑誌『MEZZANINE』がコロナ禍に最新号を発刊しました。前号で特集したテックジャイアント主導の街づくりが行き詰まりを見せると、やはり焦点を当てるべきはそこに住む人々。豊かな生活を送るためにはテクノロジーよりも隣人を頼ろうとする姿勢が、例えば鎌倉のような郊外に新しい職住近接の街を作ると思うのです。

 2050年に世界人口の68%が都市部に住む、と国連が発表したのは2018年5月のこと。それから2年が経って、新型コロナウイルスが猛威をふるい、人の密集がこんなにも危険なことだと多くの人が知った今も、この予測は変わっていないのだろうか。世界最大の都市圏は人口3,700万人を抱える東京である。

 都市の脅威は、もう何世紀も前から、パンデミックと犯罪とテロと言われ続けてきたにも関わらず、それに対して真摯に向き合ってこなかった、あるいは火事や地震や津波ばかりに気を取られてきた私たちは、いよいよ街を離れるタイミングを迎えようとしているのかも知れない。経済的合理性を優先した結果としてもたらされる混雑、物価上昇、治安悪化のサイクルは、日々の生活に安らぎを求める人々の心を蔑む。実際、今回の騒動をきっかけに、ニューヨークからは富裕層が続々と逃げ出しているという。

 都市の主要な機能の一つをクリエイティビティの醸成だとすると、「みんなでいる時間」の消失がもたらす悪影響は、以前にnote記事「緊急事態宣言解除後の都市と創造性」にも書いたとおり。都市をテーマとする雑誌『MEZZANINE』も、コロナ禍で発刊されたVol.4において、人の集まらない街を否定する。人の幸せは「行動を起こすこと」にあって、それを喚起するのが「ご近所さん」だとするクリエイティブネイバーフッドという発想は、特に「知り合い」と「知らない人」とを大きく隔てる日本において効果的に作用する。

 新しい形のイノベーティブ都市として、数年前から取り沙汰されるポートランドでは新型コロナウイルスの感染者数がそれほど増えていない。その特徴は職住及び遊びの近接で、自転車で移動できるエリアの中に生活圏が作り込まれている。加えて、人口密度が高くないことから、大都市のような混雑のストレスも少ない。これが結果的にコロナウイルスの感染拡大を防いでいるとすると、やはりこれからの都市の理想像を描いていると言えるだろう。

 MEZZANINEはVol.4を中目黒の記事で結んでいる。渋谷や代官山に近く、飲食店や住宅の多いこの街には昨今オフィスが増え始め、職住近接が叶えられようとしている。古くから目黒川沿いに小さな建物の立ち並ぶ景色は、残念ながら人口密度を抑えるようにはできていないけれど、移動距離を小さくして暮らす日常は、明らかにこれからのメインストリームになるのだ。

 東京近郊でいえばもう一つ。鎌倉も面白い。歴史の面影を今に残すことから観光都市というイメージの強い鎌倉だけれど、実際は、例えば市税収入を見てもその約9割を個人に頼るほどのベッドタウンだ。ここに地域資本主義を提唱するスタートアップ、面白法人カヤックが本社を移したのは2002年のこと。「まちの社員食堂」などを立ち上げ、地域企業間の連携を実現している。そんな流れもあってか、雑誌『WIRED』がコレクティブオフィス「北条SANCI」に編集部の分室を置いたり、建築デザイン事務所サポーズ・デザイン・オフィス(SUPPOSE DESIGN OFFICE)が自ら建てた物件「鎌倉のはなれ」を一時的な拠点にしたり、とクリエイティブな人材が集まりつつある。

 リモートワークが主流になって、たまにオフラインでの交流が必要になったとしても、都心まで1時間ほどで行ける距離であれば、圧倒的な自然の中で豊かな日常を送りたいという人も多いだろう。そんな形で、鎌倉には既にクリエイティブネイバーフッドが実現されつつあるのだ。計画の進む東海道線新駅の開業もきっと追い風になる。

  中学高校時代を鎌倉で過ごした私は、ステイホームをきっかけに、同級生たちと鎌倉FMでラジオ番組を作り始めた。当初1ヶ月だけの予定が、パーソナリティーの実力もあって予想以上の盛り上がりをみせたことから、もう1ヶ月続けることになった。この過程において、鎌倉市長から直接お話を伺う機会もいただき、今の鎌倉の面白さを再認識している。この地が新たなるイノベーションの震源地になることを見届けていきたい。

つながりと隔たりをテーマとした拙著『さよならセキュリティ』では、「12章 心と身体 ー無意識のセキュリティ」において、セキュリティの都市への広がりについて触れております。是非、お手にとっていただけますと幸いです。

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