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オラファー・エリアソンから人新世を考える

東京都現代美術館にて開かれているオラファー・エリアソンの個展「ときに川は橋となる」は、地球環境の未来を示すことで、過去からの断絶を促そうとするものです。そこに見る作品の美しさは、今の人新世に生きる私たちにアートの可能性を感じさせてくれるものだと思うのです。

 人新世(アントロポセン)を生きる私たち人間は、果たして地球の行く末を決めることができるのだろうか。ガイア理論を提唱するジェームズ・ラヴロック(James Lovelock)によれば、地球は自らの体温を下げ続けることによって、そこに住うものたちの生命圏を維持してきたという。地球を一つの生命体とみなすガイア理論だから、ラヴロックは昨今の温暖化に対しても何らかのフィードバックが作用し、再び気温は下がるに違いないと説く。

 しかし、その手段は人知を超えたものになるかも知れない。新型コロナウイルスの蔓延を受けて人間が経済活動を縮小した後に、地球環境が一時的にでも改善を見せたとすると、これがフィードバックの一つだった可能性は否めない。一方で私たちが主体となって事態の収集を図ろうとすると、資本経済を維持し、科学技術を発展させた先には、ラヴロックが近著『ノヴァセン』で示したように、アンドロイドと共生する世界も見えてくる。ノヴァセンとはアントロポセンの次の地質年代を指す。

 これ程までに超長期の時間軸で捉えて、私たちはどこまで地球環境にコミットできるのだろうか。子どもや孫の世代はまだしも、その先の後世の人々の生活を見据えながら日々を生きる余裕を、持ち合わせてはいるだろうか。

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 そんな中、オラファー・エリアソン(Olafur Eliasson)は、地球上に起きる自然現象をテーマにアート作品を作り続けている。太陽と光、雨と水、温度など、私たちが普段、天候という形で身体に感じる様々な事象は、無意識にやり過ごされていることも多い。しかし今一度、作品として目の前に提示されると、絶妙なバランスの上に成り立つ表現にハッとさせられる。光の反射・拡散によって生まれる、言葉では言い表せないほどの様々な色、その色と色との重なり合い、空気の振動との連なり等々。

 その共通点はやはり美しさにある。自然が織りなす光や形は、人がいくら緻密に計算しても創り出せない領域だ。生まれた時代、育った文化、培った思想に関係なく、すべての人々に普遍的な美を提供する。地球上の各国地域が分断を見せる中、これほど頼もしいものはない。

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 今回、東京都現代美術館での個展「ときに川は橋となる」の開催にあたって、エリアソンは展示作品をベルリンからハンブルクまでトラックで運び、ポーランド、ロシアを経由して鉄道で中国に、そこから日本には船で持ち込んだという。温室効果ガスの排出を最低限とすべく、ここまでの労力を厭わないというのは、自然のバランスをこれ以上は壊すまいとする意志の現れだ。

 マルクスの資本論を引いて、資本主義を維持するためには資本家に相対する労働者側の感性が必要だと説くのは思想家・白井聡氏だけれど、それは何も良い衣食住を手にすることだけではなく、アートや思想を楽しむことでもあるように感じる。そこから得られる気づきが、地球環境といった長期的なイシューを考えるモチベーションを生むだろう。地球の自浄作用に任せ、新型コロナウイルスのような外圧によって、強制的に環境を改善させられることは阻止したい。ラヴロックも地球の高齢化に伴う自浄機能の低下を懸念している。

つながりと隔たりをテーマとした拙著『さよならセキュリティ』では、「2章 暗黙知と形式知 ー他人との情報の共有」において、環境問題とセキュリティとの類似性について触れております。是非、お手にとっていただけますと幸いです。

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