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新型コロナウィルスが加速させる時間の流れ

Rhizomatiksが主催する在宅推奨イベント「Staying Tokyo(Vol.00)」において、真鍋大度氏と徳井直生氏(Qosmo)はZoomを使ったオンラインでのBack-to-Back DJプレイを見せて下さいました。観客は1万人以上。お二人の秀逸なセンスと共に、オンライン会議の仕組みがレスポンス性の要求されるリアルタイムな場を提供できることに驚きました。この状況からは新型コロナウィルスの流行が、将来予見されているSociety 5.0の到来を早めるきっかけとなる気がするのです。

 世界中の人々が自宅に篭る中、オンライン会議サービスの利用者数が爆発的に伸びている。例えばその老舗であるCisco WebEXは日本を含むアジアパシフィック地域において、3月の一週間あたりの通信量が1月のピークの3倍になったというし、競合であるMicrosoft Termsは、1日あたりの利用者数が3月12日からの一週間で37%(1,200万人)も増えたという。またスタートアップとして注目を集めるZoomに至っては、2019年12月時点で最大1,000万人だった1日あたりの最大利用者数が、2020年3月には2億人に達している。

 以前はビデオ会議システムと呼ばれていたこの仕組みは、映像の無い、音声だけの多地点通話に始まり、会議室にカメラとマイクとディスプレイという3つのデバイスを据付ける形で、主に企業の拠点間を結ぶために使われてきた。マルチメディアという言葉がもてはやされた1990年代のこと、これらのデバイスを掌に収め、持ち歩くことができる日が来るなんて、誰が想像できただろうか。状況が変わり始めたのは、スマートフォンの普及する2010年代になってからだ。

 2009年に発生した新型インフルエンザ(H1N1)は多くの日本人に「パンデミック」という言葉を知らしめ、職場に出社できずに、在宅で勤務する事態への備えを意識させることになった。そして2011年、パンデミックではなかったけれど、突然に襲った東日本大震災が「出社できない」という状況を現実にした。多くの企業において、事業継続計画(BCP)の見直しとともに、ノートパソコンを自宅に持ち帰り、仕事をこなし、会議にも参加できる仕組みの検証が行われたのはこのタイミングだ。

 それでも「喉元過ぎれば熱さを忘れる」私たちは、次なるリスクに対して大きな投資を決断できず、職場に集まらないと仕事ができない環境を維持し続けてきたのだ。だから2014年頃からのワークスタイル変革の流れに対しても、なんだかんだと言い訳をつけ、形ばかりの在宅勤務制度を整えるにとどまっている。それが今回、いよいよ待った無しの状況に置かれると、止むを得ず在宅でオンライン会議を行うようになったのだ。もちろん今までの対面とは勝手が違う。オンラインなりの会議の進め方というのもある。しかしそれが浸透してくると、すし詰めの満員電車に揺られる通勤時間がいかに無駄だったかのが分かってくるのだ。ようやくデジタル・トランスフォーメーションが始まろうとしている。

 新型コロナウィルス(COVID-19)に世界で最もうまく対応している国が台湾だ。特に民間セクター出身のデジタル担当大臣・唐鳳(Audrey Tang)氏が主導するテクノロジーの活用策が効果的に機能していることで注目を集めている。例えば、不織布マスクが市場に供給されない状況に対しては、国が全量を買い上げ、いち早く配給の仕組みを整えた。販売場所を限定し、1週間あたりの購入量を1人1回2〜3枚に制限したのだ。購入履歴の管理は国民身分証と保険証によって行われている。もし、1世帯あたり2枚の布マスクの配布を決めた日本政府が同じことをしようとしても、未だ機能していないマイナンバー制度が障壁となるだろう。2016年1月に配布の始まったマイナンバーカードの普及率は、4年経った今も15%(2020年1月時点)に満たないのだ。

 アナログなプロセスをデジタル化するにあたって、その基本となるのが個の特定である。人でも、物でも、それを一意に識別することができなければ、テクノロジーの管理下に置くことができない。行政の領域においては、デジタルIDともいうべきマイナンバーがそれに当たる。そして、日本以外の殆どの先進国においては、既にそれがちゃんと運用されているのだ。今回、これに気が付いた日本人は新型コロナウィルスが落ち着いた後に、まずマイナンバーカードの普及を急ぐことだろう。今まさに様々な補償が打ち出されようとしているけれど、それを受け取るために役所に列を作っている場合ではない。電子申請を広めるためにも、デジタルIDが必須となってくる。

 そして、その際にもうひとつの課題となってくるのが捺印の文化である。今、既に在宅勤務に移行した企業ではこれが健在化している。契約にあたっても、検収にあたっても、家にいては会社の印鑑を書面に押すことができないのだから、手続きを進めることができない。大きな企業であれば捺印したい部門と捺印をする部門が分かれていたりもするので、押印のためだけに、部門間を跨いだ濃厚接触を免れられないといった事態も発生している。一部で進む電子契約も、そこで取り交わされる書面の真正性を印鑑に頼りたいのが日本なのだ。場合によっては法的判断にも影響を与える話なのだから、これに代わる仕組みづくりには国の舵取りが求められる。

 在宅勤務も、マイナンバー制度も、ハンコ文化の見直しも、以前から繰り返し議論してされきた内容だ。だから近い将来に必ずや実装が進むだろう。でも今回、新型コロナウィルスの影響によって、そのスピードが明らかに加速している。日本政府が自国の未来として提唱する「Society 5.0」という概念は、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)の高度な融合を意図する。現実空間の閉鎖が社会を仮想空間へと誘うとすると、アフターコロナな世界は奇しくもSociety 5.0に近づいていると言えるだろう。

つながりと隔たりをテーマとした拙著『さよならセキュリティ』では、「7章 内と外 ー境界」において、Society 5.0時代の産業のあり方である「Connected Industries」について触れております。是非、お手にとっていただけますと幸いです。

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