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銭湯の「フジ」さん

 買い物帰り。風がやけに冷たい。と、日なたにたまるお爺さん軍団と出くわした。まさかの団体行動にびっくりするもすぐに謎は解ける。銭湯が15時に開くのを待ってらっしゃるのだ。銭湯は日常。むしろ今では唯一リラックスできる必需施設だろう。すれ違いながら集団の中に顔見知りに似た人を見つけた。

 私も20代の頃は銭湯ユーザーだった。演劇の稽古を終えて行くので毎度閉店間際になる。閉店組は若者が多かったが、その中で一人だけ頭ツルツルの爺さんがいた。誰よりも気さくで、誰よりも筋肉隆々で、誰よりも大型恐竜を持っていた。皆から「フジさん」と呼ばれていたけれど、それが本名だったのか、銭湯の象徴としてだったのか、はたまた象徴の象徴だったのかは知らない。「これ、すごい頑丈なんだよ」と風呂椅子代わりに黄色い桶に腰かけていた姿が脳裏に焼き付いている。

 つかの間外気の冷たさを忘れ、気がついたら家についていた。


春寒

春寒にケロリン桶の響きけり

【季語(春):春寒(はるさむ、しゅんかん)】

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