見出し画像

「ウォッチリスト ~心くすぐられる人」難病になった喜劇作家の"再"入院日記13

某月某日

今回の入院は、HCUや個室部屋にいることが多かったが、数週間後の退院が見えてきた今、再び大部屋生活に移ることになった。職業病よろしく、また人間観察がはじまる。

   *


   *

私の隣に珍しく20代と思しき若者。糖尿病予備軍との診断を受け10日間の教育入院。坊主頭の氷川きよしといった風貌の可愛らしい青年だが、かなりの理屈屋。医師に「10日間という短い時間では、僕という甘えた人間は変わらない」と自ら宣言するような人物。

「僕を変えて欲しい。僕はここに出家したテイでのぞんでいるんです!」 これを明るく朗らかに言うのでどこか憎めない。私はきよしをウォッチリストのトップに入れた。

さっそく夕食時にやってくれる。おかずを一口食べるや、看護師を呼び、「これは塩分が強すぎ。僕が家で食べてるのと同じ。これじゃ駄目だ!」 食べる食べないから失明するしない、の大論争。最後は栄養士まで来てようやく説得されてたけど、いやはや大変っ(面白い)。

昼間、ロビーで台本仕事をしていると、きよしが小走りにやってきた。自販機でネクターを買ってその場で飲み干し、あっという間に去っていく。
「水しか飲みません!」宣言をしていた彼の、その幼すぎる思考に笑ってしまう。隠れて飲んだって、血糖測定したら出ちゃうでしょう?

数日続いたある日、同じように一気飲みしている彼と目があってしまった。私が同室の患者だと気づいたのだろう。分かりやすいくらいオーバーに驚き顔を真っ赤にしたかと思うと、やおら声を出して泣きだした。子供かっ。

異様な様子に気づいた看護師が駆け寄ると、彼はしゃくりあげながら「告白します。僕は約束を破ってしまいましたっ!」号泣しながらの懺悔タイム。

他にも、夜な夜な私の所に顔を出し「お菓子の袋、こっちに捨ててもいいですか?」と言う話とか、彼のエピソードは枚挙にいとまがない。

   *

きよしとの楽しい? 10日間が終わって、次に入ってきたのは、同じく糖尿病だが重度で、数年前に片足を失い、今回もう片方の足も切断したおじさん(ロバートデニーロ似)。初めて見た時は、その状態に私も言葉を失うほどショックを受けた。

それでも、当人はびっくりするくらい穏やかで前向き。奥さんにも看護師にもリハビリの療法士さんにも、弱音を決して吐かない。

「今朝、術後初めて寝がえりがうてて、窓の外の景色を見れました。感無量です」

この方の精神力たるや。毎日、皆が去った後で一人、ベッドでうんうんと唸りながらリハビリをしていたことを知っているから尚更頭が下がる。

ある夜、彼が落としたものを取ろうとしてベッドから落ちてしまい、私がナースコールを押したという出来事があった。「無理しないで、すぐに私達を呼んで下さい」と言う看護師に丁寧な謝罪を繰り返した上で、こう言った。

「でもね聞いてください。自分で取れるかもしれない。そう思えたんです。入院した当初は不貞腐れて、すぐ諦めていたから。まだ動けるって思えたことが、私、嬉しかったんだな」

抱かれたくなるくらいジュンとした。そして教えられる。退院後、私も酸素ボンベを携帯し車椅子を利用する不便な生活になる。今もそれを考えるだけで不安が募る毎日。でも。失ったものを嘆くのでなく、現状をゼロとして出来ることを一つ一つ増やしていく。増えていくことに、喜び、感謝する。この方がこんなに頑張ってるんだから、私だって。

前職はタクシーの運転手だったという。両足を失ってなお、社会復帰を目指すこのロバート・デ・ニーロもまた、私のウォッチリストのトップページに綴らせてもらった。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?