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『我が物顔の月』

四四二年前――

「是非もなし」
絢爛な天守閣で今、ひげの殿様が臣下に下知を下していた。
臣下は狼狽して聞き直す。
「石山を焼き討ちせよとのことでしょうか。かの比叡山ひえいざんの如く」

髭は答えず、夜空の満月を見上げた。
「見よ猿。あれはまるで我が物顔じゃ」
猿と呼ばれた臣下も恐れながら並び見る。
「大きくなり過ぎと思わんか。月の分際で一等輝く星を食らわんとしてる」
猿は「ははあ」と頭を下げるのみ。

髭は冷やかな目で言い放った。
「月を……燃やしてこい。跡地にはうぬが城でも建てるがよい」
猿はしばし考え、やがて「ひと月お待ちください」とだけ答えた。

一ヶ月後。
天正八年七月二十六日。
皆既月食と惑星食が同時に起きた晩。
一報が髭の殿の元に届く。
――御屋形おやかた様、今宵の月をご覧下さい。仰せの通り火をつけて参りました。

夜空を見やると赤銅色の満月が。
唖然とした髭は声を出して笑い出す。
「ふはは、さすが猿じゃ。うまくかわしおったわい」


寒月に火を付けたるは信長か

(かんげつにひをつけたるはのぶながか)

季語(三冬): 冬の月、寒月、冬満月、冬三日月、月冴ゆ



※皆さんもご覧になりましたか? 皆既月食。
私も妻と二人で夜空を見上げました。
(五歳息子はYouTubeに夢中)
「前は信長の時代だって」という妻の一言に思いついた物語です。

18時15分 影が見えてきた頃


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