デザイン経営はこれまでの知財関連施策と何が違うのか?
少々時間が経ってしまいましたが、先々月、どうにか大学院を修了することができました。デザイン・アートに何の素養もないまま、とにかくこの世界に踏み込むきっかけが欲しいという単純な動機でムサビに突撃しましたが、そんな自分を見捨てることなく、井口先生をはじめとする先生方には2年間ご指導いただき、感謝の念に堪えません。
入学した2年前、新入生の年齢構成を見た際には、正直なところ、感性・体力・協調性において自分がどこまで持つか、不安しかありませんでした。
ところがこの2年間、そんなことも忘れてしまうくらい楽しく学べたのは、自分でも恥ずかしい出来のイラレの作品に1票入れてくれたクラスメイトや、ワークショップで2人組になれと言われた際にすぐに声をかけてくれたクラスメイト、偶然会った道端で自分の研究の悩みに延々付き合ってくれるクラスメイト、アート作品のネタにしてくれたクラスメイトに、親くらいの年齢の自分にカレーを奢ってくれるクラスメイト、「はぶさん隙だらけですよ」なんて評価してくれるクラスメイトなどなど…言い出したらキリがありませんが、ほんと、みんなのおかげです。
どうもありがとう!
修士研究のテーマは「知的財産とデザインが相互作用する 中小企業経営に関する研究」で、1月の修了制作展には論文とパネルを1枚展示しました。なるべくシンプルなパネルにと思い、文字を減らすように努めたのですが、ちょっと削り過ぎて何を研究したのか伝わってなかったかも…(追加で慌てて作成した動画も、言葉不足で意味不明でした)
修士論文のエッセンスは、特許ニュースの発明の日特集に寄稿しましたが(「中小企業のデザイン経営における知的財産の役割」)、主な研究対象は(中小企業の)デザイン経営です。
デザイン経営関連の事業は特許庁が主導しているにも関わらず、民間の主なメンバーはほとんどがデザイナーで、知財側の関与が希薄な印象でした。
その一方で、これまで様々な中小企業向けの知財支援事業に関わってきた自分は、何か相通じるものというか、今の知財支援施策に足りないものがデザインの世界にあるように感じており、そこを突っ込んで考えてみたい、というのが研究の動機です。
金融出身の自分が知財の世界に身を移したのは約20年前、当初はまさに金融的な視点で、米国IBMやヘルシア緑茶が大ヒットした花王の例を挙げながら、知財戦略の目的は、知財権による参入障壁の構築→価格決定力の強化→粗利レベルでの収益力の向上にある、と訴えてきました。2004年にスタートした特許庁の中小企業向け知財戦略支援事業も、基本的にはその考え方に沿って支援を進めました。
理屈の上ではたしかに筋は通っているのですが、徐々に実態とのギャップに違和感を覚えるようになってきます。象徴的な出来事として今も覚えているのは、特許出願と営業秘密管理の体制構築を支援したベンチャー企業に、1年後にフォローアップを行った際、「営業秘密管理はほとんど行っていません。今は5人のメンバーが、お互いを信じて事業を立ち上げているところなので…」との報告を受けたことです。他にも、ベンチャー投資の経験も実績も豊富なあるコンサルタントに、「知財、知財っていうベンチャーほどイケてない会社が多いですよね」と言われたことがありますが、たしかに当時、注目のIPO銘柄で知財ガッツリやってます、というベンチャー企業は皆無に近い状態でした。
そんな中、忘れもしない2008年2月、九州で開催されたイベントのパネルディスカッションで、株式会社エルムの宮原社長、田川産業株式会社の行平社長、JDC株式会社(当時は株式会社日本開発コンサルタント)の橋川社長にお話しいただいた、経営者の視座からの特許に対する考え方です。どうやら自分達は知財について教科書的な見方しかできていなかったようだ、もっと現実を知らねば、ということで、知財マネジメントにも積極的に取り組んでいる元気な中小企業の経営者へのインタビューを重ねて、「7つの知財力」(直近のコラムでは「6つの知財力」)を体系化するに至りました。
7つの知財力のポイントは、「知財の力」を知的財産権の法的な効力ではなく、「知財マネジメント」という動的な活動のはたらきとして捉え直したところにあります。自分が関与する中小企業向けの知財支援事業では、この考え方に沿って、経営課題の洗い出し→その課題に有効な知財マネジメントの方針を設計する、という基本構造で取り組んできました。
このプロセスは知財マネジメントにおけるかなり根源的な事柄で、その必要性に対する考え方は今も変わっていませんが、「デザイン経営」はそれとはまたレイヤーが異なる、より企業経営の根本に関わる概念です。
前置きが長くなってしまいましたが、デザイン経営はこれまでの知財関連施策と何が違うのか、今日はそのあたりを述べてみたいと思います。
まずは前提となる「デザイン経営」とは何たるかについて、その定義は論者によってさまざまで、自分も 「デザイン経営」って、結局のところどのように理解すればいいの? - ものづくり中小企業は「デザイン経営」に取り組むべきか? や 「デザイン経営」って、結局のところどのように理解すればいいの? (2) -中小企業のデザイン経営、そして知的財産の役割- の投稿であれこれ考察してきましたが、いまだにその概念を端的に定義することができていません。
ただその点について、今は、定義や要件を厳密に定義する必要はなく、むしろフワッとした概念のままでよいのではないか、と考えるようになっています。
ムサビで長谷川先生がよく仰っていたバウンダリー・オブジェクトと言ってもよさそうですが、今の経営スタイルにモヤモヤしたものを感じており、企業のあり方を根っこから見直したいという経営者や専門家・実務家が集まり、一緒に考えながら動いていくキーワードとして作用すればよいのではないか。実際、昨年大阪で実施した「デザイン経営と知財で企業変革」の連続セミナーの参加者にも、「デザイン経営」の言葉が目についたのがきっかけだった、という中小企業経営者や経営後継者の方が目立ちました。
ただその際に、デザイン「経営」という以上は、個々のプロダクトやサービスではなく「経営」のレベルにおいて、さらに「デザイン」経営という以上は、デザイン要素が絡んでくることが必要と考えています。
昨年は近畿経済産業局や中部経済産業局の事業で実践された、中小企業向けのデザイン経営の具体例についてのお話を伺う機会がありましたが、デザイン経営宣言当時に比べて、かなり企業の深いところに入ってきた感があります。
特に、SASIさんが提唱される「アイデンティティ型デザイン経営」では、その名の通り、自社の存在価値であるアイデンティティからなる社会変革(ビジョン)を達成するための試行錯誤 にデザインを活用する意義を強調されています。
初期のデザイン経営は、デザインの力で新しいプロダクトやサービスを生み出す、デザイン思考のモデルに当てはめればダブルダイヤモンド的な印象が強かったのに対して、「デザ経」「アイデンティティ型デザイン経営」ではトリプルダイヤモンドに進化し、特に一番左のダイヤモンドが重視される傾向にありますが、ここが実はすごく重要なポイントであるように思います。
自社のアイデンティティを掘り下げ、ビジョンを明示することがなぜ重要なのか。
それは、 「デザイン経営」って、結局のところどのように理解すればいいの? (2) -中小企業のデザイン経営、そして知的財産の役割- の投稿にも、下のモデルを示して書きましたが、目に見えるプロダクトやサービスに対するニーズを支えているのはブランド(=自社に対する信頼)であり、そのブランドを形成するのはビジョン、さらに一番根っこで企業の存在を支えているのがアイデンティティだからです。そして、その企業のプロダクトやサービスを利用したいというブランドに対する信頼(BtoCに限らずBtoBも同じ)や、ビジョンに対する共感のもとに顧客やパートナーなどのステークホルダーの関係性の輪が形成され、企業の永続性を支えてくれる。この下の部分にある層がしっかりしていないと、マーケティングやら競合分析やらをうまいことやってプロダクトやサービスがヒットしたところで、それが飽きられ、あるいは競合にキャッチアップされてしまえば、元の木阿弥です。下手にアイデンティティやビジョンの軸から外れたところにヒット商品が生まれたりすると、一時的に数字は伸びても会社のバランスが崩れて、逆円錐がバタリと倒れてしまうことにもなりかねません。
(尚、普通はビジョンが上にある円錐型のイメージでは?なんで逆円錐?とのご指摘があるかもしれませんが、そのあたりは上記投稿や前掲の論文に書いた通り、特に受注生産型の中小企業では、提供するプロダクトやサービスに対する顧客ニーズに応えることに注力し、それを支えるブランドやビジョン、さらにはアイデンティティに意識が向きにくく、奥深く眠ってしまっていることが多いイメージを表したものが、この逆円錐の形状です。)
そして、実はこの部分が、これまでの中小企業向けの知財支援施策とデザイン経営関連施策の決定的な違いでもあります。
従来の知財関連の支援施策は、主にプロダクトやサービスのレイヤー、掘ってもブランドのレイヤーまでにおける、機械論的な問題解決型・コンテンツ型の施策であり、ビジョンやその根底にあるアイデンティティにまで踏み込むことは、まずありませんでした。つまり、やや極端な言い方にはなりますが、中小企業を機械のように分析的に扱い、足りない要素をロジカルに補完していく。たしかに、その際に設定した問題の解決にはつながるかもしれないけれども、支援事業が終わったらそこまでで、自律的な活動にはなかなかつながらない。それは機械論的なアプローチの限界なのではないか。
言うまでもなく、企業は人の集まりであり、有機的な存在です。福岡伸一風に言えば、ヒト・モノ・カネ・情報が絶えず分解と生成を繰り返す「流れ」です。先にあげた営業秘密管理が定着しなかった例にも見られる通り、機械のように修理すればOKという単純な構造ではないでしょう。
だからといって、機械論的なアプローチ、問題解決型・コンテンツ型の施策(知財活用、模倣品対策、営業秘密管理、知財マッチング、産学連携etc.)に意味がないと言っているわけではありません。企業の意識改革・行動変容を促す有機的なアプローチ、逆円錐の下側の部分をしっかり固めて、上のレイヤーとのバランスを調整する取る取り組みが行われてこそ、問題解決型・コンテンツ型の施策が有効に作用し、持続的に効果を発揮し得るのではないか、ということです。
繰り返しになりますが、そういった意味で、デザイン経営の推進は、これまでの知財支援施策とはレイヤーが異なり、後者を有効に作用させるための基盤を造る取り組みと位置付けられるものです。裏を返せば、デザイン経営と言いながらも、デザインの活用がプロダクト・サービスのレイヤー、ダブルダイヤモンドまでにとどまるならば、それは従来型の問題解決型・コンテンツ型の施策と根本的に異なるものではありません。経営デザインシートについても、機械論的な思考で穴埋めが目的化してしまうと、コンテンツ型のツールに止まってしまうので要注意です。
やはりアイデンティティのレイヤーまで掘り、そこからビジョンを明らかにしていかないと、デザイン「経営」はその真価を発揮してくれないでしょう。
デザイン「経営」と知財の関係がモヤモヤしているのも、おそらくこのあたりに原因があると考えられます。プロダクト・サービスとブランドまでのレイヤーで捉える知財マネジメントは、特許権・意匠権・商標権・営業秘密などのマネジメントとして理解することができますが、アイデンティティやビジョンのレイヤーにおける知財って、いったい何なん?という話ですから。
それを紐解くためには、知財を静的・平面的・機械論的に捉えるだけでは限界があり、知財に関わる動きや流れを動的・立体的・有機的に捉え直す、「知財」の意味のイノベーションが必要なのではないか。
これまでの取り組みでは、例えば、企業のアイデンティティを掘り下げる際に、経営者に自社の(広義)の知財は何かを問い、それに対する答えから様々な言葉を拾い上げることが有効であるという感触を得ています。なぜならば、企業のオリジナリティである知財は、歴史や先人の思いの集積であるとも捉えることができるからです。
今後もこうした取り組みを続けていく意志表明の一つとして、自分が代表の法人の商号を「株式会社IPディレクション」に変更しました。また、知財の意味を捉え直してデザイン経営の推進につなげる「知財型デザイン経営」も模索していきたいと考えています。
名前負けしないように努めたいと思いますので、関係者の皆さま、これからご一緒させていただく皆さま、よろしくお願いします!
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