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「開発マインド」と「デザインマインド」

 今回考えてみたいのは、事業開発の原動力となる「開発マインド」と「デザインマインド」の違いです。

 なにかと議論が錯綜しがちな「デザイン経営」について、これまでの動きや、大企業・スタートアップと中小企業における論点の違いなどを、先日投稿した「あらためて考える 中小企業のデザイン経営」の記事で整理しましたが、その中でも述べたように、大企業やスタートアップを対象にした領域では、「ブランド構築」の分野では比較的活用されやすかったデザインのアプローチを、「イノベーション」の分野にも活用することに主眼が置かれている印象です。
 そうした流れから、中小企業を対象とする場合も、当初は「デザイナーと一緒に商品開発をしましょう」という文脈でデザイン経営が語れることが多かったように思います。そこから様々な事例調査や実践例を経て、特に中小企業においては「人格形成」が重要と考えられるようになってきたことは、「あらためて考える 中小企業のデザイン経営」で述べたとおりです。

 とはいえ、「人格形成」だけでメシが食えるわけではなく、そこから「価値創造(イノベーション)」につなげて商品やサービスの形にしていかないと、企業として存続していくことができません。価値創造(イノベーション)、すなわち、新商品や新サービスの開発、さらには既存の商品やサービスをブラッシュアップするための開発といった開発活動への取り組みは、企業活動の生命線ということです。

 ところで、こうした中小企業における開発活動の重要性ですが、デザイン経営の文脈で初めて指摘されたというものではありません。たとえば、以下のグラフは約10年前に近畿地区の中小企業を対象に実施したアンケートですが、中小企業が経営課題として選択した項目の第3~5位は、いずれも商品やサービスの開発活動に関するもので、多くの中小企業が商品やサービスにおける新たな価値創造を課題として認識していることが読み取れます。

中小企業の経営課題(「近畿知財戦略推進計画 2014」P.19より抜粋)

 特に、価値創造と密接に関連する知財の分野では、新商品や新サービスの開発の過程で中小企業と関わり合うことが多く、古くは1997-2010年に実施された特許流通促進事業、その後もデザイン経営宣言以前から注目されていた川崎モデルに代表される知財マッチングなど、中小企業の開発活動を支援するための様々な施策が実施されてきました。

 つまり、中小企業経営における開発活動の重要性が強調されるのは、今に始まったことではありません。私自身もこれまで、開発活動に熱心な中小企業、「開発マインド」に溢れる中小企業に数多く接してきました。
 そうした多くの中小企業が熱心に取り組んでいる開発活動と、デザイン経営でいうところの「価値創造(イノベーション)」は、一体何が異なるのでしょうか?
 デザイン経営の本質は、人(ユーザー)を中心に考えること」「根本的な課題を発見し、これまでの発想にとらわれない、それでいて実現可能な解決策を、柔軟に反復・改善を繰り返しながら生み出すこと」にあると説明されていますが(特許庁ホームページより引用)、「デザインマインド」の特徴を、そうしたデザイン思考に特徴的なアプローチだけと捉えてしまってよいものなのでしょうか?

 そんなことを考えながら、前回の記事にも書いた「デザイン経営の好循環モデル」をあらためて見直してみると、この図の中から重要なポイントが見えてくるように思います。

「デザイン経営の好循環モデル」(特許庁発行「未来をひらく デザイン経営×知財」P.3 より抜粋)

 この図でいうところの「価値創造」が、新商品や新サービスの開発、既存の商品やサービスをブラッシュアップするための開発などの開発活動に該当するわけですが、多くの場合こうした取組みは、すぐに結果が出るような簡単なものではありません。
 そこで「開発マインド」のある会社がどう対処するかというと、競合との差別化や競争力の強化を目指して、新機能の追加や高機能化、価格競争力を高めるためのコストダウンなど、商品やサービスをさらに向上させるための開発に躍起になりがちです。
 ところがその結果、過剰品質などの市場ニーズに合致しない方向に突っ走ってしまう、弱点を補完するうちに競合と同質化してしまう、商品やサービスの認知度という根本的な課題が解決されないなど理由は様々ですが、循環するはずの価値創造が、軌道を外れてあらぬ方向に飛んでいってしまうことになります。
 そう、「開発マインド」が暴走してしまうのです。

暴走する「開発マインド」

 こうしたリニアな開発マインドの暴走モード、それが行き着く先はどこにあるかというと、開発をしても売上に結びつかない=「販路開拓が課題」という、お決まりの結論です。そして、中小企業の新期事業における課題は販路開拓にある、といったレポートが量産されてきたのでした。

合言葉は「販路開拓が課題」!

 では、本当に販路を開拓すれば、多くの中小企業が抱えている問題は解決に向かうのでしょうか?
 我々は、中小企業の事業開発が頓挫しやすい理由、その根底にある真の要因を、深掘りして考えることができていたでしょうか?

 そこで今一度、先ほどの「デザイン経営の好循環モデル」から考えてみることにしましょう。
 あらためてこの図を見直してみると、商品やサービスの開発に対応する「価値創造」は、リニアに突き進むのではなく、「人格形成」にループしてくる形になっています。

「人格形成」に引き戻す問い

 この「価値創造」が「人格形成」へと戻っていくループは、何を意味しているのでしょうか?

 それは、新商品や新サービスを開発する、あるいは既存の商品やサービスをブラッシュアップする過程で、
自社がその事業に取り組む意味はどこにあるのか
自社らしさがどのように活かされているのか
自社だからこそできることは何なのか
を、あらためて問い直すことといえるでしょう。
 さらには、そうした自社らしさに対する問いが、
自社は社会に対して何をすべきなのか
どうすれば自社が社会に存在する意味を形にできるのか
という、市場や競合に向きがちだった意識を、自社に引き戻す役割をも担うことになるのではないでしょうか。

 この「価値創造」をリニアに押し進めるのではなく、「人格形成」へと引き戻してループさせる部分に、「開発マインド」とは異なる「デザインマインド」の本質があるように思うのです。

「開発マインド」の暴走を抑える「デザインマインド」による問い

 このように「人格形成」にループすることにどういう意味があるのかというと、その商品やサービスの開発に注力し、その事業に取り組むことに本当の意味で腹落ちすることができる。その結果、他とは違う自社ならではの魂がこもった事業が生み出されて、社内のメンバーの結束が強まり、共感する顧客やパートナーとのつながりも強固になる。つまり、共感に基づく社内外における人々との「文化醸成」が促進される。さらには、醸成された「文化」を共有する人々の思いが原動力となって、新たな「価値創造」が促進される。
 それが「デザイン経営の好循環モデル」が示すループであり、このループによってスパイラル状に進化していく事業は、他がその一部をパクったところで簡単に追随できない、オリジナリティのある事業として発展していくことになるでしょう。知財というと、とかく個々のパーツのパクったパクられたにフォーカスされがちですが、経営レベルにおける知財の本当の価値は、こうした固有の経営資源のダイナミックな進化を、動的かつ広い視野で捉えることが必要であろうと思います。

 このように考えてみると、デザイン経営に取組む意味、デザイン経営においてデザイナーが果たす重要な役割の一つは、価値創造(イノベーション)の局面において「開発マインド」が暴走してしまうことがないように、開発活動を適宜「人格形成」に引き戻す、そのための問いを発することにある、といえるのではないでしょうか。その役割を果たせるなら、職業デザイナーでなくとも中小企業がデザイン経営の第一歩を踏み出すパートナーになれるはずであり、そのために求められるのが「デザインマインド」です。

 今年大阪で開催したデザイン経営×知財のワークショップ型連続セミナーでは、自社の思いや自社らしさを言葉で表現する「言葉のデザイン」に取り組み、先日開催された最終発表会では、参加16社の皆様に大いに語っていただきました。山形県で展開中の「デザイン経営実践セミナー&ワークショップ」でも、参加者の皆様の活発な「自社語り」が、一緒に地域を考える町おこしのような活動にもつなげられるのではないかと感じています。いずれも「人格形成」に立ち返って価値創造のあり方を考える、「デザインマインド」を基盤とした取り組みです。
 中小企業の仕事に長く携わっていますが、こうした場での次世代リーダーの皆さんの語りに触れていると、10年、20年前とは確実に社会が変わってきていることを痛感する、今日この頃です。



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