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「デザイン経営の好循環モデル」 の意味するところ

 前回の投稿で中小企業のデザイン経営に関する現状を整理しましたが、そこでも言及した今年7月に特許庁から公開された「中小企業のデザイン経営ハンドブック2『未来をひらく デザイン経営×知財』」。そのハンドブック中に「デザイン経営の好循環モデル」が、デザイン経営の全体像を示すモデルとして新たに提示されていますが、噛めば噛むほど味が出てくる感じで、なななか奥深いモデルです。
 「文化醸成」「人格形成」「価値創造」と、いろいろ解釈できそうな漢字ばかりの言葉が並んで、デザイン経営宣言に示されている図よりもわかりにくくなっている印象を受けるかもしれませんが、このシンプルな図の中に、中小企業がデザイン経営に取り組む際のエッセンス、さらには中小企業がその潜在力を発揮し得る姿が表現されているように思います。本日はこのモデルの意味を、できるわけわかりやすく紐解いてみることにしましょう。

 まずは「デザイン経営」といえばコレ、という感じもある、デザイン経営宣言に示されている以下の図から確認しておきたいと思います。

特許庁・経済産業省「『デザイン経営』宣言」P.1 掲載図に加筆

 デザイン経営宣言では、 デザイン経営を「デザインを重要な経営資源として活用し、ブランド力とイノ ベーション力を向上させる経営」と定義しており、この図はその「デザイン経営の効果」を示したものです。
 「デザインを経営に活用する」ことの意味も重要なポイントになりますが、そこは長くなってしまうので前稿に譲るとして、ここではデザインの力を「ブランド構築」と「イノベーション」に活かすことが、デザイン経営の骨格になることを確認しておきましょう。

 これに対して、「中小企業のデザイン経営ハンドブック2『未来をひらく デザイン経営×知財』」に紹介されている「デザイン経営の好循環モデル」は、以下のように2つの円が重なる部分にもう一つの円が加わるとともに、両側の円が循環する様子が描かれています。

特許庁発行「未来をひらく デザイン経営×知財」P.3 掲載図

 このモデルの左側の円で示された「文化醸成」は、「自社の想いや『らしさ』を、顧客や社内外の仲間に伝え、共感と共創の土壌を形成する営み」と説明されていますが、企業と社内外の人との結びつきを強めること、インナーブランディングを含めた「ブランド構築」とも捉えられるものであり、デザイン経営宣言の図の赤の円に対応すると考えられます。
 これに対して右側の円で示された「価値創造」は、「自社の想いや『らしさ』と、顧客や社会のニーズを基に魅力ある製品やサービスを創出する営み」と説明されており、新たな製品やサービスを創出する「イノベーション」、すなわちデザイン経営宣言の図の青の円に対応すると考えられます。
(頻繁に出てくる「らしさ」の意義については、個人的な解釈になりますが、「強み」と「らしさ」、「差別化」と「差異化」 の投稿をご参考にしていただければ。)

 そうすると、その間をつなぐ部分に新たに加えられた「人格形成」、ここが「中小企業の」デザイン経営におけるポイントになりそうなことが視覚的にも伝わってきますが、「人格形成」って一体、何を意味しているのでしょうか?
 デザイン経営宣言の図を見たときにも、この2つの円はなぜ重なっているのか?重なっている部分は何を意味しているのか?なんて疑問に思っていたのですが、その答えがここに示されているわけですね。
 ハンドブックには、「人格形成」が「自社の想いや『らしさ』を明確にし、未来の自社の姿を構想する営み」と説明されていますが、要するに「自らは何者で(アイデンティティ)どこに向かおうとしているのか(ビジョン)」を、腹落ちするまで考え抜くことと理解してよいでしょう。

特許庁発行「未来をひらく デザイン経営×知財」P.3 掲載図に加筆

 このモデルの意図を解釈する上で、「文化醸成」「人格形成」「価値創造」の漢字四文字が抽象的すぎて、対象がぼやけてしまう、あるいはとっつきにくく感じてしまうようにも思えるので、最近はこれらの言葉を、もう少し柔らかい言葉に置き換えて説明するようにしています。
 ブランド構築に対応する「文化醸成」は、社員の心を束ね、顧客やパートナーとの強い関係性を築く「仲間づくり」。イノベーションに対応する「価値創造」は、顧客に提供するプロダクトやサービスを生み出す「ものづくり」(言葉をシンプルにするために「もの」としましたが、ここにはサービスも含みます)です。

 中央の「人格形成」はひとまずおいておいて、「仲間づくり」と「ものづくり」はどのように関係してくるのか。どちらも多くの中小企業が取り組んでいることだとは思いますが、どちらか一方に偏ると、せっかくの取組みがなかなか成果につながりません。
 ものづくりの取り組みが先行すると、どうなってしまいがちでしょうか。

 既存事業が伸び悩み、将来が見通せない中、周囲からは「新規事業を立ち上げましょう!」と発破をかけられます。そこで社長は「よしっ!開発だ!」と新製品開発を進めようとするわけですが、社内に一体感がないと「また社長が張り切り出したよ…」としらけムードになるし、生産能力や販路などの事業化のためのリソースが足りないと「開発したところで、誰が造るの?誰が売るの?」と?マークが飛び交って推進力が生まれません。
 そして新製品を開発しても事業としては頓挫し、「販路開拓が課題」という、中小企業の新規事業あるあるの結論を残して、多くの新規事業がフェードアウトしていく、といった状況が繰り返されてきました。

 逆に仲間づくりの取り組みが先行すると、どうなりやすいでしょうか。

 近時の「パーパス経営」などの流行にのって、社長が「当社も創業当時からの社訓を唱えて社内団結!」と旗を降り始めたものの、社内が盛り上がるだけでプロダクトやサービスが磨かれないと、「それで、何をしてくれるの?」と顧客には関係のない話になってしまいます。自社の思いを社外に伝えるためにホームページを作って情報発信をしたつもりでも、社外の人に見てもらえない状態では事業の成果には結びつきません。

 「仲間づくり」と「ものづくり」という両輪は、双方が力強く連動していくことが必要があり、両者をつなぎ、その循環のエネルギー源となるものが必要です。その両者をつなぐブリッジとなり、エネルギー源となるものこそが「人格形成」、これも柔らかい言葉に置き換えるなら「自らを知る」と表すことができるでしょう。

 このような理解の下で、あらためて「デザイン経営の好循環モデル」を見直してみると、「人格形成」が心臓部となり、そこから体中に血液が送り込まれて循環している人(法人)の姿が見えてくるように思えます。
 ハンドブックではデザイン経営を「徹底して『人間』に向き合い、企業の持続力を高める経営」と再定義していますが、人間によって構成される法人が、関係する人々とのつながりを強め、人々の活動が活発になって、その好循環により健康体となって持続力を高めることが、中小企業のデザイン経営が目指している姿といえるのではないでしょうか。

特許庁発行「未来をひらく デザイン経営×知財」P.3 掲載図に加筆

 そして、「人格形成」の部分から循環を生み出すエネルギー源となるのが、自社のアイデンティティとビジョンが腹落ちすることによって立ち現れてくる、「わが社だからできる!」「わが社がやらねば!」という、経営者をはじめとする社内の人々の熱い想いです。中小企業がデザイン経営に取り組む場合、価値創造(新しいプロダクトやサービスの開発etc.)から入るにせよ、文化醸成(ブランディングや組織改革etc.)から入るにせよ、こうしたエネルギーを引き出すことができなければ、デザイン経営は効果を発揮することができない。というか、それをデザイン経営と呼ぶべきではないといっても過言ではないでしょう。

 そうした考えに至る中、デザイナーの奥山清行氏の著書「ビジネスの武器としての『デザイン』」のエピローグに感銘を受けたので、その一部を紹介しておきたいと思います。

 奥山氏が「デザイン」とは何なのかを改めて考えたところ、「自分の一番大切な人への5年後のプレゼントを探すこと」という答えに至ったそうです。
 そのプレゼントを探すために、相手のことを知るために徹底的なリサーチをすることになる。ところが、5年も先の本当の正解なんてわかるはずもなく、本人に直接尋ねたところで本人にすらわからない。
 そうすると、以下のような境地にたどりつくとのことです。

 ・・・究極的には、「あの人が何をして欲しいか」ではなく、「自分があの人に対して一番上手にしてあげられることは何なのか」「自分が何をすれば、あの人を喜ばせることができるのか」と、考えの対象が自分自身に反転してくるのだ。
 その結果、「あの人にとって、自分はどういう存在なのだろうか」否、「そもそも自分とは何なのだろうか」というところまで考えが向かうことになる。
 その果てにあるものは、「あの人に自分はこれをしてあげたい」「これをやったら絶対あの人に喜んでもらえる」という確信めいたものの発見だ。
 ・・・
 だからこそ、デザインを考えるとき、私たちにとってもっとも重要になるものは、「自分自身のアイデンティティ」なのだ。
 ビジネスに広げて考えてみれば、自分たちの会社や団体はどういう存在なのか、お客様が自分たちに何を期待し、それに対して自分たちが何を提供できるかということになってくる。・・・

奥山清行著「ビジネスの武器としての『デザイン』」(祥伝社)P.259-260


 まさに「デザイン経営の好循環モデル」に込められた意図と、同じ趣旨のことを仰られているのではないかと思います。

 「あの人」=市場やユーザばかりに向きがちな視点を、自らに反転させ、自社が存在する意味と目的を腹落ちするまで考え抜く。そして、
顧客や社会に対して、わが社が一番上手できることは何なのか
わが社が何をすれば、顧客や社会の役にたつことができるのか
を構想し、
顧客や社会に対して、自社はこのようにして貢献したい
これをやったら絶対、顧客や社会に役立ち喜んでもらえる
ことを見つけて、それを実践し続けることが、デザイン経営の本質といえるのではないでしょうか。


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