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世界一キライなあなたに、未来からの贈り物を《ショートショート》

 確かにそれは、机の上に置いてあった。
 いつからあるのだろう。私が帰宅した時にはまだなかったはずだ。

 誕生日だというのに、会社終わりに弁当だけを買って帰宅。帰ってすぐにシャワーを浴びたので、入る前に机の上にあったのは買って帰った弁当だけなはずだ。
 しかし今、弁当がなくなって代わりに置いてあるものは、小さなメモが挟まった箱だった。

「母ちゃん…?それか、父ちゃんかな…?」
 合鍵を持っているのは、家族だけだ。実家はそう遠くないから、誕生日に何か置いていった可能性はある。
 ただ、それにしては不可解だ。帰って来た時に置いていなかったという事は、お風呂場にいた10分ほどの間に来て、すぐ帰ってしまったのだろうか。急いでいたにしても、おめでとうの一言くらい言って帰る気がする。母にしても父にしても人見知りもしないし、家族仲も良い。

 おかしいなぁ、と思いつつ、箱に付いていたメモを開いた。

 メモには、

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

  あなたへ

  誕生日おめでとう

  2031年5月21日

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

と書いていた。

 2031年?今はまだ2021年だ。書き間違い?それとも、いたずら?何にせよ、気味が悪い。
 文字を見る限り、母や父の字ではないような気がする。言っちゃ何だけど、こんなに綺麗な字を書いていたのを見た事はなかった。

 置いていた箱は軽く、上蓋が乗っているだけですぐに開いた。
 中には鍵とメモが入っていた。

「また、メモ...。」
 メモを添えた箱の中にある箱。ロシア人形のマトリョーシカを開けている気分だ。
 そのメモには、どこかの住所が書いていた。住所の場所は近いようだ。


――――――


 私は引き寄せられるように、記された住所の場所に足を運んでしまっていた。誰がいるかもわからないし、何があるのかもわからない。ちょっと考えたら不気味なはずなのだが、興味がそれをはるかに上回っていた。

「ここか。近かったな。」
 自宅からすぐ近く。シャッターが閉まっていたが、どうやら倉庫のようだった。
 箱に入っていた鍵を差し込んでみると、本当にシャッターは開いた。

「よし、開いたな。...えっ?扉?」
 開けたシャッターの中には、もう1つ扉があった。鍵は1つしかない。

 どうしたものか、と頭を抱えていたその時だった。
 後ろを通ろうとしていた人とぶつかってしまった。人が近づいてきているなんて、全く気づかなかった。

「ごめんなさい!…あれ?」
 振り向くと、歩いていたはずの人はもういなかった。
 気のせい?そんなはずない、と思いつつ、周囲を見回しても人影はない。元々、人通りの少ない小路だ。時間も早いわけではない。

「ん?なんか落ちてる…。」
 そこには鍵が落ちていた。さっきぶつかった人の物かもしれない。しかし、もうぶつかった人はいなくなってしまっていて、どうにもこうにもいかない。落し物として届けようか。

 鍵…?まさかと思って、さっきシャッターを開けた扉の鍵穴に差し込んでみた。

― カチャ ―

「うそ...開いちゃった。」
 何と鍵が開いてしまった。偶然?にしては出来すぎている。

 開いた扉の中は真っ暗だ。倉庫らしき部屋は暗いにも関わらず、雑多に物が置かれているのが見て取れた。少し入って探してみたが、何があるかわからないほどに散らかっていて、そこから何かを探し出すにはやる気が起こらないほどだ。

「これじゃあ、わからないな…」
 やっぱり、誰かのいたずらかなぁ…とガッカリして帰ろうとしたその時だった。
 扉のノブに、袋がかかっているのに気づいた。

 そこには、

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

  10年前のあなたへ

  一人じゃないよ

  2031年5月21日

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

と書かれたメモが貼ってある。

 さっきの続きか?と思ったが、。袋の中身も気になり、覗き込んでみた。

「あれ?これは…」
 ニット帽が入っていた。そのニット帽は、以前から僕が欲しくて買おうか迷っていたものだった。これがプレゼントだとしたら、とても嬉しい。だが、このニット帽を欲しいと、誰かに言った覚えはない。
 なぜ知っているんだ…?気味が悪いし、不思議にも思った。それでも、欲しかったものがこの手の中にあることに、少しほっこりしている僕がいた。

 ちょっとウキウキした気持ちのまま外に出ると、足元にまた箱が置いてあるのに気付いた。
 さっきはなかったはず…。もしかして、誰かにつけられていて、その度に仕掛けているのだろうか…。

 箱にはまたメモが入っていて、

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

  10年前のあなたへ

  家で待ってる

  2031年5月21日

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

と記されていた。

 気味の悪さは相変わらずだが、どうやらもう家に帰っていいらしい。すぐにきびすを返し自宅に戻った。これはいつまで続くんだろう。

 玄関の扉の外側に紙が貼ってあるのに気が付いた。

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

  今日はあなたの好きな食べ物

  どこにあるかわかるよね

  2031年5月21日

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 場所はハッキリは書いていない問題形式になっている。とはいえ確かに簡単だ。

 食べ物といえば冷蔵庫。すぐに冷蔵庫を開くと、そこにはまた箱が入っていた。今までの小さな箱と違って少し大きい。

 開けるとそれはやはりケーキが入っていた。そのケーキは私が好きなショートケーキ。

 そこにもメモが添えてあり、

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

  最後に

  テレビつけて

  あなたとの思い出になる映画だよ

  2031年5月21日

  あなたと誓い合った私より

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

 テレビをつけると、ちょうどナビゲーターの女性がこれから始まる映画の紹介をしていた。

『今日は、涙無しには見られない "世界一キライなあなたに" を紹介します。』

 紹介されたその映画をそのまま見る事にした。その映画は、テーマが少し重みのあるものであったが、とても面白くてあっという間に時が過ぎて行った。
 映画を見ながら食べたそのケーキは、今までにないほど甘く、最高の思い出の味になる気がした。

 映画を見ながら今日の出来事を思い返した。
 "10年後の誰か" によって仕掛けられた【時空を越えたプレゼント】なのだろう、と思えるようになっていた。

 日常と変わらない誕生日が、不思議と驚きに満ちた1日に変わっていた。

『"世界一キライなあなたへ"。いかがでしたか?私は何度見てもボロボロ泣けてしまいますね。 それでは、ByeBye, ByeBye, ByeBye』

 映画ナビゲーターのテンポの良い挨拶で幕を閉じた。

 いつかの、どこかの、誰かによって届けられたプレゼント。
 この日の事は一生忘れない。


――――――


 それから5年後、その全てがわかる。でも、説明してしまうと野暮だ。わかっていても。わかっていなくても、素敵な思い出には変わりはない。
 あの後、程なくして遭ってしまった事故で、僕は身体がほとんど動かなくなってしまった。でも、そのお陰で君に出逢えたんだ。

…あぁ、しゃべりすぎた。

『人生は自分で決める。』

 君があの日見せてくれた映画の意味がわかった気がしたよ。
 後悔はない。あの日もらった10年後の君からのプレゼントのお陰だ。


END

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