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医師の勉強録;世界初!?宇宙での血栓症診断と治療!?

以下の点で特徴的!①患者が検査を実施しているという点②遠隔読影など遠隔医療を使用する点③薬剤が限られている環境であるという点④船内の医療器具が限られており、微小重力環境で対応しなければならないという点
⑤宇宙における臨床医療のデータが不足している点

血栓症、地上でも悩むけど、宇宙だと、、

仕事では脳神経内科を行なっているため、
血栓症(脳梗塞、脳静脈血栓症)を担当する場合が
多くあります。
地上でも悩むことはたくさんありますが、
それが宇宙で起こったら、、、、
どうなるのでしょうか??

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静脈系の解剖

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病気がみえる 〈vol.7〉 脳・神経 p144


脳静脈は、他の臓器の静脈と異なり、動脈と並んで走行してない、
弁がないなど特徴があります。
多くは硬膜静脈洞を経て、内頸静脈から心臓へ血液が
戻っていきます。
体位によって流速が変化し、頭蓋内圧や髄液循環に影響されやすいです。

静脈血栓症とは

静脈に血栓が生じた状態を静脈血栓症といいます。
生じやすい部位としては、下肢の静脈で、深部静脈血栓症と言います。
エコノミークラス症候群などとも呼ばれています。
この静脈血栓が遊離して静脈血流によって肺に運ばれ、
肺動脈を閉塞することにより生ずる疾患を肺血栓塞栓症と言います。
脳の静脈に血栓が生じる場合も稀にあり、脳静脈血栓症と呼ばれています。

宇宙飛行中の静脈血栓症の詳細

国際宇宙ステーション(ISS)のミッション開始約2か月後、
研究の一環として実施された超音波検査で、
1人の宇宙飛行士の左内頸静脈に血栓症の所見が確認されました。
頭痛や顔面の過多の悪化(無重力状態でよく見られる)
などの臨床症状はありませんでした。
また、静脈血栓塞栓症に以前なっていたり、家族が罹患している
などもありませんでした。
身体所見では、同側外頸静脈の顕著な怒張がありました。
患者自身がその後、頸部エコー検査を自ら行い、
地球上の2人の放射線科医が読影しています。
その結果、亜急性経過の内頸静脈血栓症の診断となりました。
反対側の内頸静脈と両側の鎖骨下静脈、腋窩静脈、膝窩静脈、
大腿静脈には血栓症と思われる所見はありませんでした。


複数の専門家の中で、
「塞栓症の可能性」
「副鼻腔および脳静脈への波及の可能性」
「抗凝固薬を使用するリスク」
など多岐にわたる議論が続き、対応が検討されました。
結果として、抗凝固薬(血液をサラサラにする薬剤の一種)
を使用して治療が開始される方針となりました。
エノキサパリンナトリウム
(抗凝固薬の1つ。妊娠中や特定の外科手術後、
深部静脈血栓症や肺血栓塞栓症の治療や予防に用いられます。
投与法は皮下注射または静脈注射です)
が20本のみあったため、1.5mg/kg/日で使用を開始しています。
経口薬の到着を待つために、治療開始33日目からは
1.0mg/kg/日へ投与量を変更しています。
国際宇宙ステーション(ISS)にアピキサバン
(血栓塞栓症の治療・予防に用いられる、
経口投与が可能な抗凝固剤の1つです。)
が到着したことからアピキサバン1日2回5mgへ治療を変更しています。

治療開始から7〜21日間隔での超音波のフォロー検査で、
静脈血栓の体積の減少を確認しています。
内頸静脈を通る血流は、ミュラー操作
(息を吸った後に、口と鼻を閉じて吸気が試みられます。
バルサルバ操作の逆)による増強で治療47日目で最初に認められました。
抗凝固療法の90日後も自発的な流れはまだ見られませんでした。
アピキサバンの治療は、地球に戻る4日前に中止されました。
着陸時に、超音波検査により、仰臥位での自発的な流れが明らかになり、
残存血栓の消失を確認しています。

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https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMc1905875を改変


地球上では内頸静脈血栓症は、通常、
癌、中心静脈カテーテル、または卵巣過剰刺激症候群に関連しています。
内頸静脈の誘発されない孤立した静脈血栓症はまれです。
宇宙環境では頸静脈、頭蓋内静脈に血流鬱滞が生じやすいという
報告がありますが、その結果として生じる
血管壁損傷や血栓形成促進のリスクについては今後研究が必要です。

論文の議論を交えた感想

今回の症例はm宇宙飛行における静脈血栓塞栓症のこの症例は、
宇宙医学の独特の複雑さを浮き彫りにしています。
具体的には、まず①患者が検査を実施しているという点です。
検査は施行者の技量によって偽陽性偽陰性などがあり得るため、
正確な判断が困難になる場合があります。
次に②遠隔読影など遠隔医療を使用する点です。
コミュニケーションの取り方や微妙なニュアンスなどが
伝わりにくい場合があります。
次に③薬剤が限られている環境であるという点です。
船内の薬剤リソースに限りがあり、地上から治療手段を
提供する場合も時間差が生まれます。
次に④船内の医療器具が限られており、微小重力環境
で対応しなければならないという点です。注射器は本数が限りがあり、
バイアルから液体を引き出すことは
表面張力の影響のために重要な課題です。
最後に⑤宇宙における臨床医療のデータが不足している点です。
今回が血栓症を治療した初のケースであったように
まだまだデータが不足しています。
今後、月と火星への長期の宇宙旅行を行う上では、
微小重力での静脈血栓塞栓症の予防と管理戦略の開発は必須です。

【参考資料】
N Engl J Med. 2020;382:89-90.
JAMA Netw Open. 2019;2:e1915011.
JAMA Netw Open. 2021;4(10):e2131465.
病気がみえる 〈vol.7〉 脳・神経 p144

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