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西洋陶磁の歴史と魅惑

岩波新書・大平雅巳(著)『西洋陶磁入門』

もともと私は、西洋絵画の鑑賞とその歴史に関心があり、よく美術館やその特別展・展覧会に行っている。特に印象に残った作品のポストカードを買うこともまた、趣味の一つであると自認している。
また、近頃は美術評論家として知られる山田五郎氏が自身のYouTubeチャンネルで解説を投稿なさっているが、その動画を拝見するのも楽しみの一つとなっている。

一方で、陶磁器に関しては洋の東西を問わずして、個人的に少し敷居が高いように感じていた。というのも、その豪華さや美しさは感覚としてつかめるものの、歴史的・美術史的にみて、どういった部分が素晴らしいか、という専門的な領域に近い知識をほとんど持っていなかったからである。

東洋や日本のやきものについても、その産地が有名であるなどした場合、「なるほど」と思うばかりで、どういった役割を担っているか、どのような階層に用いられてきたのか、など考察する段階に踏み込めていなかった。

そんな中、西洋陶磁について、カラー写真でもって、概論的に紹介している書籍とであった。それが上記の本である。

第1話「神々の器―古代ギリシアの陶器―」として始まる紀元前440年頃の「赤像式神話図クラテル」から、18世紀までの美術的に主要な陶磁を、西洋の各所からピックアップしている。

火力の調整が極めて困難であるからこそ、微妙な火加減・土壌・成分の差と、陶工らの創意工夫・民族間の美意識によって、その時代性を切り取った、あるいはその生みだされたモノ自体が、時代を形成していったことを知ることができる。

とくに西洋陶磁は、いかに白色を生みだすかという観点も長らく追究されてきたようだ。白色を生みだすことで、ようやくキャンバスとしての創意も可能となってくる。

色の歴史というのも興味深いものがある。
古代ローマでは紫は皇帝の色であったが、それはある希少な貝から紫色を抽出する必要があったからだ。
また、絵画の世界でも、長きにわたって、綺麗な緑色を生みだすのは至難の業であった。
自然界に溢れるこの色を見事に提示してみせた緑色の歴史としては、1778年、カール・ヴィルヘルム・シェーレが初めて合成した「シェーレグリーン」というものがある。
しかしこれは、毒性が極めて高く、結果、今日でも名高い「エメラルドグリーン」にとって代わっていったのであった。

北大路きたおおじ魯山人ろさんじんの有名な言葉に「器は料理のきもの」というものがあるが、食器をはじめとする陶磁の数々は、生活と芸術という、現代ではともすれば意図的にかけ離れた存在にもしがちなこの二つの観点を巧みに融合させた、生活の中の美術であり、美意識と技術を示す立派な史料そのものであるのだ。

ウェッジウッド「コーヌコピア」

『西洋陶磁入門』では最後の第16話「エトルリアの人―――ウェッジウッドのジャスパーウェア」で詳しく取り上げられる「ウェッジウッド」。

私事で恐縮だが、この品は現在も同ブランドから発売されているもので、珈琲も好きだが、どちらかというと紅茶党であるから、この形のカップ&ソーサーを購入した。

コーヌコピア」というモチーフは、公式オンラインショップでは下記のように紹介されている。

豊穣の角“コーヌコピア”は、ギリシャ神話に豊かさのシンボルとして登場する縁起の良いモチーフです。
(「WEDGWOOD公式オンラインショップ」より)

西洋陶磁では、その材質やどのような地域・階層が所有・利用していたかだけではなく、どのようなモチーフを描いていたかについても触れている。
そこで見えてくるのは、それを表現できる技術があったことはもちろんのこと、繊細かつ高度な技術を駆使してまで表現したかった何かである。
それらの美意識は当然ながら、慣習や宗教観も内包しているのであるから。

陶磁器に関するフィクション

さて、そもそも私が陶磁器に関心を持ったのは、先に紹介した魯山人を知ったことと、もうひとつある小説の存在が大きい。
ブルース・チャトウィン(作)『ウッツ男爵』。
題名にもあるかの男爵は、マイセン収集では随一の男として、知る人ぞ知る人物。『西洋陶磁入門』にも取り上げられる名ブランド・マイセン。

冷戦下のプラハ、マイセン磁器の蒐集家ウッツはあらゆる手を使ってコレクションを守り続ける。蒐集家の生涯をチェコの現代史と重ね合わせながら、蒐集という奇妙な情熱を描いた傑作。
(白水社『ウッツ男爵』あらすじより)

本作の見どころは、初老ウッツ男爵が、(回想も多いが)主人公に向けて語るマイセンなどにまつわる話と、交際情勢をも関係してくるいくつかの体験談だ。

くどいようだが、作陶は非常に至難の業であったため、しばしば錬金術と同一視されることもあったようだ。その製法を独自に復古させたのが、ドイツのマイセンなのである。そのような話を様々な場面で、ゆったりと、それでいて情熱的に披露する人物、それがウッツ。

なお、付け加えるとすれば、TVアニメ「やくならマグカップも」も見やすく、主として日本の陶芸についての作品であるが、入りとしては申し分ない。

…………いやはや、ぶしつけながら、個人的なコレクションの一つと些細な知識を織り交ぜて、読了したことを記載したが、まさしく専門的な概論書であればこそ、このように、様々な知識とつなげて、教養の高める、という抽象的な表現を具現することができるように思われるのだ。
実際のモノは勿論、模型やレプリカ、そして書籍であるなど、様々な形式でその情報に触れることが、インターネットで検索するだけでは容易に辿り得ない読後感という名の総合知を授けるのである。



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