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野生のお肉の味わい方(前編)

僕たちが暮らす日本では食べ物の「旬」がとても大切にされている。海外からの輸入食材や温室栽培された野菜、冷凍保存された魚介類などが出まわり、食べ物の季節感はなくなりつつあるともいわれているが、それでもスーパーの店頭には四季折々の野菜や果物が所狭しと並んでいる。各地の漁業解禁はニュースになり、初ガツオや新サンマを食べるのを楽しみにしている人も多いだろう。
 
しかし、それが肉に関してはどうだろうか? スーパーで普通に売られているのは、牛肉、豚肉、鶏肉の3種類。これらの肉の旬がいつか尋ねられて即答できる人はなかなかいないのではないだろうか。厳密にいえば、屋外飼育されているウシなどは、気温の低い冬季のほうが脂のノリがよい可能性はあるが、栄養面をしっかりと考慮された配合飼料で育てられ、一定年齢で出荷される家畜の肉にはそこまではっきりとした旬というものは存在しないといってもいいだろう。


つまり、日本では肉というとほぼ99%が家畜の肉のことを指すため、そこで旬が意識されることはほとんどない。それゆえ、「肉の旬」という話をすると、「なにそれ? 肉に旬なんてあるの?」という感じでキョトンとした表情をされることが多い。しかし、狩猟で捕獲するシカやイノシシ、野鳥に関しては、捕獲した時期や場所だけでここまで違うのかといいたくなるくらい肉質に差が出てくる。狩猟をするうえではこの「肉の旬」をしっかり認識しておくことが必須となる。また、「ジビエ」などと呼ばれる狩猟で捕獲された肉を食べる機会がある人も、このことをちょっと頭に留めておくと、その肉に対する感じ方がぐっと変わってくるだろう。

解禁直後に捕れたフルコ(1歳の仔イノシシ)2頭。
ドングリが豊作だったので、まるまるとよく太っていた

狩猟の季節

日本では年中狩猟していいわけではなく、猟期というものが定められている。北海道などの一部の地域を除くと、長らく11月15日から2月15日までの3カ月間が猟期とされてきていた。しかし、近年はシカやイノシシの棲息数増加とそれに伴う獣害の発生を受け、都道府県ごとにその期間を延長しているところも増えてきている。僕が暮らす京都でも5年ほど前からシカ、イノシシに限り、3月15日まで狩猟可能になっている。

猟期が冬の時季に設けられていることに関してはいろいろな理由があるといわれている。
 
まずは農閑期であるということ。日本では歴史的に見ても専業猟師というのは大変少数で、ほとんどの場合はほかの職業を持ちながら猟もしているというスタイルが一般的だった。そのなかで一番多いのが、半農半猟のような暮らしである。作物が育てられない冬場に、貴重なタンパク源の確保と自身の農地の防衛も兼ねた形で猟が行われていた。
 
次に、冬場は森の木々が落葉し、見通しが利くということ。銃による狩猟の場合、緑が生い茂った夏の山で獲物を見極めるのは大変難しく、また誤射の危険性も高まる。冬場は、山菜採りやキノコ狩りなどで山に入る人の数もほかの季節と比べると格段に少ない。また、ちょっと動くだけで汗ばむ夏場は激しく動く猟法には不向きであり、かといってじっとしていても蚊やアブ、ヤマビルにダニなどが寄ってくることもあり、いろいろと厄介な点が多い。

冬場は、動物たちの出産・子育てが終わっている時期であるということも関係があるだろう。持続的に狩猟をしていくうえで、残された子どもが単独で生きていけないような時期に猟をするのは問題がある。
 
さらに、獲った獲物の肉が傷みにくいというのもある。獲物を捕獲したらなるべく迅速に内臓を取り出し、肉自体を冷却しないとその味は落ちてしまう。ふさふさの毛皮と分厚い皮下脂肪で包まれた肉の内部の温度は冬場であってもなかなか落ちない。近年は夏場の有害鳥獣捕獲で捕獲した野生動物の肉を食肉利用しようという取り組みも多いが、夏の暑い時季に山中で獲った獲物の肉をよい状態で処理するのは至難の業だ。また、解体時の雑菌の繁殖など衛生面の問題もある。

鳥類に関しても、スズメなどは秋から冬にかけて田園地帯で大きな群れを形成するので捕獲しやすく、カモなどの渡り鳥はそもそも冬にならないとやって来ない。

このように、様々な理由から猟期は冬場に設定されている。近年は農林業などに対する鳥獣害が激しさを増すなかで、ほぼ通年的に有害鳥獣捕獲が行われている地域も増えてきており、特にシカやイノシシなどは猟期以外に捕獲された個体の肉も流通するようになってきているが、それでもやはり基本的には、野生鳥獣肉は秋から冬にかけての猟期に捕獲された季節もののお肉である。

野生動物それぞれの旬

さて、本題の「肉の旬」だが、冬場の獲物は一般的に越冬のための脂をため込んでいておいしいものが多く、これも猟期が冬である理由のひとつだといわれている。僕が網猟で狙うスズメやカモも秋に水田の落ち穂などを食べて脂のノリがよくなる。うまいスズメを指す「寒スズメ」という言葉もあるくらいだ。ただ、これは厳密には野生動物の種類ごとに異なる。ここでは、僕がくくり罠猟のメインの対象としているイノシシとシカについて見ていきたい。
 
イノシシは雑食性で木の実や植物の根茎、昆虫、カニ、ヘビ、動物の死体などなんでも食べる。そんな彼らの食料が最も山にあふれるのが秋だ。カシやクヌギ、コナラなどのドングリが次々と落果し、地中の自然薯も大きく育つ実りの秋。夏場の食糧難にあえいできたイノシシたちは大喜びでそれらの食料をたらふく食べる。そして、厳しい冬を乗り切るために全身に脂を蓄える。この脂が実に美味しい。

イノシシはブタの先祖だが、飼育されたブタの脂身と比べると、このドングリにより作り出された脂身はコリコリとしていて甘みがある。高級ブタ肉として有名なスペインのイベリコ豚は、出荷前にドングリの森に放牧するそうだが、秋のドングリをたくさん食べたイノシシは天然のイベリコ豚だといってもいいだろう。

裏山で捕獲した体重70㎏のイノシシ。
この個体からはよく脂の乗った上質な肉が35㎏ほど取れた

という訳で、イノシシの旬は晩秋から初冬にかけての時季だということになる。ドングリの時季が終わると、イノシシたちは竹林などに侵入し、まだ地面の下のほうで春を待っているタケノコなどを掘って食べたりするようになるが、やはり冬場は食料が不足し、どんどん痩せていくことになる。 

もうひとつイノシシの旬を考えるうえで重要なのが発情期だ。地域によって微妙な差があると思うが、僕の暮らす京都ではイノシシの発情期はだいたい1月上旬から始まる(早い年は前年の12月下旬)。猟場に残るオスイノシシの痕跡からもそれは伝わってくる。それまでと比べて明らかに行動範囲が広がっている。採餌もそこそこにメスを求めて歩きまわり、そこら中の木に牙で傷をつけ始める。これはほかのオスへのアピールだといわれている。

この発情期に入ったオスイノシシの肉には独特のニオイが出てくる。わが家では「白檀の香り」と呼ばれているが、なんともいえないにおいで、味覚が鈍感な僕なんかは食べられないこともないが、においに敏感な友人などは発情臭の入ったオスイノシシの肉は絶対に食べたくないという。その点、交尾のシーズンであってもメスにはそのようなにおいは出ない。ちなみに、家畜のブタでもこのオス臭は問題となっており、多くの場合それを抑制するために幼獣の頃に去勢などの処置が行われている。

なので、オスイノシシは猟期前半である12月中までに獲ってしまうのが望ましく、年が明けてからはメスイノシシだけを狙いたいところである。ただ、そのメスイノシシを追いかけて発情オスがやってくるのだから、その獲り分けというのはなかなか難しいのだが……。
 
一方、シカは夏が旬だといわれている。シカは草食動物なので、春の柔らかい草をふんだんに食べた夏のシカが一番おいしいというわけだ。シカの発情期はイノシシよりも早く、夏の終わり頃から始まり猟期の始まりの頃まで続く。イノシシほどではないが、シカも発情期のオスにはちょっと臭みが出る。夏は猟期ではないので、僕は有害捕獲で獲ったシカを何度か食べさせてもらったことがあるだけだが、確かにおいしかった。

ただ、シカは採餌できる植物の幅が広く、ドングリも食べるので秋以降のシカが痩せているかというとそうでもなく、猟期の前半に獲ったシカは十分太っている。また、シカは基本的には赤身肉主体なので、猟期後半に露骨に脂身が減っていくイノシシと比べて、猟期の終わりの頃に獲れたシカでもそこまで極端な違いはない。

※当記事は『狩猟生活』VOL.1「野生のお肉の味わい方」の一部内容を修正・加筆して転載しています。

Profile
せんまつ・しんや
1974 年、兵庫県出身。京都大学在学中から狩猟を開始。運送会社に勤めながら、現在も罠猟を続けている。著書に『ぼくは猟師になった』(新潮文庫)、『けもの道の歩き方 猟師が見つめる日本の自然』(リトル・モア)、『自分の力で肉を獲る 10歳から学ぶ狩猟の世界』(旬報社)などがある

▶︎野生のお肉の味わい方(後編)へ続く