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漫画医龍6巻から考える看護師が行う医療行為について元看護師の見解

目次

1、はじめに

2、実際に看護師に高度な医療行為を行う技術があるのか?

3、看護師が高度な医療行為を行うことについての見解

4、看護師が医療行為を行う未来


1、はじめに

平成の医療漫画の金字塔とも呼べる、医龍(team medical Dragon)は漫画全25巻だけに留まらず、ドラマ化もされ、医療人だけではなく、広く社会に影響を与えた作品ともいえる。

大学病院のリアルを、フィクションとノンフィクションの狭間を縫う様な物語の構成とそれを彩る登場人物で鮮やかに描き、読むものに興奮と感動をあたえる一冊である。

医龍の物語は、主人公の流浪の天才心臓外科医師、朝田龍太郎が明真大学病院の心臓外科助教授である加藤晶から大学病院での政治利用の為に、超難手術バチスタ手術を行わないか?と誘われるとこからはじまります。

 今回は、朝田龍太郎のパートナーとして、苦楽を共にしてきた、手術室看護師のミキが話の主人公になります。

ミキは本名を里原ミキといい、朝田とは、現在働いている、明真大学の前に勤めていた北日本大学時代から共に働く関係にあり、朝田が、ある理由で北日本大学で働けなくなった際には、一緒に病院をやめ、海外のNGOなどで共に働きながら、お互いを高め合っていた仲であった。

ふたりはお互いの事を認め合い、強い信頼関係で結ばれていました。

ミキは朝田から、『自分のチームには、必ずコイツが必要』と言わしめる程の存在であり、実際に作中では類稀なセンスで、朝田のみならず、チームのみんなから信頼される存在です。

それでは、本題入らせていただきます。筆者は、元総合病院で働く手術室看護師として、約15年のキャリアを持ち、手術の第一線で働いてきました。その知識や経験から、医龍6巻で出てくる、里原看護師が患者の大腿から心臓血管バイパス用のグラフト(血管)を採取する行為について、私見に基づく見解を話していきます。



2、実際に看護師に高度な医療行為を行う技術があるのか?

では、実際に看護師が、患者の身体にメスを入れ、心臓血管バイパス用の血管を採取する事は可能でしょうか?

答えは、可能です

理由は後からご説明していきます。

ただし言っておきますが、全ての手術室看護師にそのような技術があるとは言っておりません。

私は、ごく一部の限られた手術室看護師に於いて、可能だと言っているのです。

では、何故可能と言えるのか、その理由を示していきます。


①手術の基礎がしっかりと身についている

手術は単に医療行為だけで構成されいるわけではなく、様々な要素が安全に手術を行うためには必要になってきます。

その中でも、主な要素を説明していきます。


・清潔、不潔の概念

手術を行うためには、清潔な環境が必要になってきます。何故なら患者の手術部位から細菌(バイ菌)等が混入すると、術後に感染を起こす可能性があるからです。そのため手術に使用する様々な物品を清潔にする必要があります。

そして、清潔にする事を専門用語で滅菌といいます。

滅菌とは、呼んで字の如く、菌を滅する事です。
身体に良い菌、悪い菌関係なく、全ての菌を殺します。

実際には、高圧の蒸気や猛毒のガス、過酸化水素、ホルムアルデヒドといった人体にも多大な悪影響を与える可能性のある物質で滅菌は行われるため、取り扱いに対する知識が必要になってきます。

しかし、滅菌には安全に滅菌を行うための専用の機器を使用するため、取り扱いを間違えなければ、安全に行えます。

では、実際にどのような物を滅菌するかというと手術で使用する器械や材料、手袋、ガウンなどになります。

また、手術道具だけではなく、実際に手術を行うスタッフも滅菌する必要があります。

しかし、先程述べたように、滅菌は人体に多大な悪影響を及ぼすため、スタッフをそのまま滅菌する訳にはいきません。

そのため、滅菌した手袋やガウンを身につけます。手袋やガウンにも、身に付け方があり、正しい手順でつける必要があります。

また、手袋やガウンをつける前に、帽子やマスク、アイシールドなとを装着して、手を消毒液等で洗浄、消毒を行ってから、装着します。

そこまで行って、やっと準備完了です。

個人差はありますが、一連の動作に要する時間は5分から10分はかかります。

その後は、患者の手術部位の消毒を行い、消毒した部位の周りを滅菌した布で覆い、やっと手術の準備が完了します。

清潔、不潔の知識は、手術前の準備だけではなく、手術中の所作や機材の管理等、様々な場面で必要になってきます。

そのため、正しい知識を持ち、実践を行う必要があるのです。


・手術器械、器材、衛生材料等の知識

手術を行うために必要な器械は様々あります。皮膚を切るメスや縫う持針器、止血や組織の把持に使用する鉗子類やセッシ類、術野を開くための開創器などありとあらゆる器械を使用します。

大きな手術になると、これらの器械を数十種類、数百本使用する事があります。

また、同じ持針器でも、血管を縫う持針器と皮膚を縫う持針器では、形も大きさも違うため、各場面で適した器械を選択する必要があります。

そのため、手術に携わるスタッフは手術室にはどのような器械があり、各手術の場面で適している器械を予め頭に入れておく必要があります。

また、手術中の器械の管理は、主に手術室看護師の役割になるため、手術室看護師はありとあらゆる器械に精通する必要があるのです。

手術器材や衛生材料も手術器械と同様で、適材適所、各場面で最適な物品を選択できるように、日々知識を深めておく必要があるのです。


・手術を行う患者の体勢(手術体位)

手術を安全に行うためには、術前に手術を行う条件をより良くしておく必要があります。

そのため、術前に患者の手術を行う体勢を整える必要があります。

手術で術野が見えやすくするためや術者が手術をしやすいポジションを獲得するため、また手術中の検査がしやすくなるためなど、様々な事を考慮して患者の体勢を事前に変えます。

これをしっかり行うか、行わないかで手術のしやすやが大きく変わります。

実際には、まだまだたくさんの要素がありますが、手術を安心、安全に行うためには、たくさんの要素があり、手術室看護師はこれらの要素に精通している、専門化であるといえます。

これらの要素は手術を安心、安全に行うためには必要不可であり、単に医療行為を行うだけでは安全で安心な手術とは言えないことが理解できたでしょうか?

手術室看護師は仕事上、上記の知識、技術を実践する事は必要不可欠となり、そのため、手術を行うために必要な基礎知識がしっかり身についていると言えます。



②手術環境と手術経験

手術室看護師は仕事がら常に手術に関わり、手術を行うために必要な要素を熟知しています。

また、手術室の運営や管理にも精通しており、手術室がいわゆるホームになります。

そのため、自分達の持つポテンシャルを充分発揮しやすい環境にあるという事です。

環境に慣れている事は、大きなアドバンテージになります。

初めていく場所で右も左もわからない状況では、自分の能力を充分発揮する事はとても難しい事だといえます。

また、手術室看護師は手術に対する豊富な経験を積む事ができます。人にもよりますが、年間200件以上の手術に関わっている看護師も少なくないと思います。

5年勤務したら、1000件以上の手術に携わる事になり、その膨大な経験は大きな糧となります。

また、同じ手術を行うにしても、執刀医により、アプローチや手順が異なる事もあり、それらの経験は手術室看護師の目を養う事になります。

手術室看護師は様々な手術症例を客観的に1番近くで感じる事ができるのです。


③症例に対するOJT(オンザ・ジョブ・トレーニング)

どんな名医でも、最初から完璧な手術を行う事は出来ません。

経験を重ねて上達していくものです。

これは、医療に限らず、どんな職業でも言える事だと思います。

手術を経験し、経験を糧に、医学書等で振り返ってみたり、自分の手術のビデオを見返して振り返ってみたり、指導医にアドバイスを求めてみたり、手術で上手く行かなかった事を人体に見立てた模造品で練習してみたりと、日々精進しながら上達していくものです。

これは手術室看護師も同様で、手術で上手く行かなかった事に対して、振り返りや練習を行い、日々上達していきます。

経験を糧に成長していく事がとても重要なのです。

手術が上手く行くためには、執刀医の類稀なる能力だけでは難しく、助手のDrの力量や手術室看護師の力量、麻酔科医師の力量、その他コメディカルの力量が合わさり、はじてめ良い手術が行われるのです。

逆を言えば、未熟な執刀医でも、周りのサポートメンバーが一流なら、自分の力量以上の結果を出す事が可能性になるのです。

手術室看護師は、前述した通り、たくさんの手術経験を積む事が出来ます。

それらの経験は、手術の流れやポイントを明確にしていき、熟練した手術室看護師になると、手術の一連の手順がより完璧に近い形で頭に入っています。

そのため、手術の次の場面で何が行われ、そのためには、何が必要かを理解して動く事が出来ます。

これを先読みと言います。

実際、医龍でも、ミキが先読みして、ベストなタイミングで執刀医に器械を渡す場面が出てきますが、これは、あり得ない話では無く、実際の現場でも行われている、手術室看護師のスキルの1つになります。

このように、日々のOJTは医師のみならず、手術室看護師を成長させる大きな要素であり、日常的に手術に関われる手術室看護師はOJTによって高みを極めていく事が出来るのです。


④詳細な手順書の存在

患者を治療するためには、行き当たりばったりでは困ります。

患者の命を預かるとても重要な行為のため、大きな責任があります。

そのため、患者を治療するためには、標準的な治療法が定められてらおり、それを標準治療といいます。

標準治療は学会などで科学的根拠に基づいた治療法と認定された治療法であり、日本全国のどこで治療を行ったとしても一定水準の治療が行えるように定められたものです。

手術も同様で、標準的な手術法が定められてらおり、それは医学書等で解説されています。

写真や絵を用いて、詳細に解説されており、イメージトレーニングもしやすいようになっています。

まだ経験の浅い医師は、この手順書を読み漁り、日々イメージトレーニングを行って手術に望むのです。

手術室看護師も同様に手術の手順書等を用いて、勉強し、手術のイメージトレーニングを行っています。

優秀な手術室看護師ほど、この事前準備をしっかり行い手術に望んでいます。

用は、如何に執刀医と同じ気持ちで手術に臨めるかが重要なのです。

自分は、ただサポートするだけ、難しい事は医師に任せればいいと考えていたら、いつまでたっても、本当の意味で手術を一緒に行う事は出来きません。


⑤解剖学の知識について患者を通してリアルに経験できる

百聞は一見にしかずと言うことわざがありますが、
いくら机上で知識を深めても、実践するとなると話は別という事を経験した事はないでしょうか?

患者の身体の事や病気の事を机上で学ぶより、実際の現場で、五感をフルに使って学ぶ方が遥かに経験値が上がります。

手術室看護師は仕事上、常に患者の身体を通じて、解剖を直に学ぶことができます。

直に学ぶという事は、自分の視覚や触覚、聴覚などの五感を通じて学ぶことができるという事です。

解剖の本で見る人体とリアルの人体は臓器や器官の色味や形、大きさがイメージと異なる事が往々にあります。

また、直で学ぶ事により、解剖に奥行きを持たせて、三次元で捉える事が可能になります。

三次元で捉えることにより、臓器の配置や他の臓器との位置関係、血管や神経の走行、骨や靭帯などの支持組織との位置関係など様々な情報を感じるとる事が出来るのです。

そのため解剖を三次元で捉えることは手術を安全かつ正確に行うためにとても重要な要素になります。

熟練した手術室看護師は解剖を三次元に捉える能力を有しています。

そのため、解剖学に基づいた手術の手順であったり、手術を行う上での危険なポイントや注意点を共有しながら、手術に望む事が出来るのです。



以上の事から、熟練した手術看護師のスキルの高さは理解していただけたと思います。

しかし、総合病院で働く手術室看護師は様々な診療科の手術に対応しなければならない為、浅く広い知識を持ちがちです。

そのため、流石に全ての診療科の全ての手術に於いて、完璧な知識、技術を有する事は不可能に近いと言えます。

しかし、単科の病院の手術室看護師やミキのようにチームを組んである一定の手術だけに携われる看護師の場合は、その領域に於いて、並みの医師を超えるスキルを有する看護師は実際にいます。

そして、それはある分野に特化しているからこそなせる技なのです。

私も、ある分野の手術について、10年以上の経験を元に、アプローチから視診、損傷部位の診断、可能な治療法の選択など、執刀医と同様のレベルで把握し共にディスカッションを行いながら手術を行っていました。

研修医や専門医になる前の医師などには、執刀医に変わり、解剖の説明や損傷部位の説明、そして損傷の程度を把握した上での今回の治療法の選択理由などを説明していました。

何故、そんな事が可能であったかと言うと、私はその分野の手術が好きで、自分の知的好奇心を高める為に、日々努力を行い、自己研鑽に励んだ結果です。

私以上のスキルや経験を持つ手術室看護師は、世の中にたくさんいる為、手術そのものを完結させられる看護師がいるとは言えませんが、グラフトを採取するといった、ある限定的な医療行為に至ってなら完結させられる看護師がいても不思議ではないと考えられます。



3、看護師が高度な医療行為を行うことについての見解

ミキは朝田龍太郎と共にNGOに所属し、海外の医療資源の乏しい環境で働いていました。

そこには、日本の法律や常識に囚われずに、患者を助ける為に出来る人が出来る事を行う必要がある場であったと思います。

そのため、ミキは日常的に患者を助ける為にメスを握っていた可能性があるのです。

流石に手術そのものをミキの力で完結させていたとは、思えませんが、グラフト採取に限ってなど、限定した医療行為に於いては行っていた事が推測されます。

そこではそれが正義だったのかもしれません。

では、実際に日本で看護師が高度な医療行為を行うとどうなるかというと、『医師法 第17条の医師でなければ医業(医行為)を行なってはならない』とあり、看護師が基本的に医療行為を行う事は禁止されているため罰則があります。

また、保健師、助産師、看護師法第五条では看護師の仕事を患者に対する療養上の世話又は診療(医療行為)の補助と定義されており、医療行為は仕事として定義されていません。

よって、出来るからやっていいという事ではなく、仮に出来たとしても、やるべきではない事はやるべきでは無いのです。

そこの基準が崩れると、医療の秩序や倫理感の乱れを生み、結果的に患者に不利益をもたらす原因になりかねません。

医師法や看護師法は医師や看護師を守るためだけにあるのではなく、医師や看護師の暴走を防ぎ、結果患者を守るためにもあるという事を理解する必要があるのです。

しかし、前述した、看護師法で定められている『診療の補助』は解釈がとても難しいといえます。

保健師、助産師、看護師法は昭和23年に制定され、その後、解釈の変更など行い、現在まできています。

この法律は約70年前に制定された法律のため、日々変化する医療の進化に対応しかねているとも言えます。

医療の進化により看護師の行う仕事も高度で複雑になってきていています。そのため、診療の補助と医療行為の境界もグレーになっている事も事実だと思います。

例えば、患者に注射を行うにしても、血管(静脈)を針で刺して、薬液を注入する行為は診療の補助として認められ、看護師が行う事が出来ますが、よく長期的に点滴をする時に、患者の血管(静脈)に留置するカテーテルを挿入する行為は認められていません。(現在は限定的に認めていく方向に動いている)


など、似たような行為でも権利として認められていないという事があるのです。

なので、今後、看護師の業務拡大や権利の拡大を行うのであるなら、法の整備は必要不可欠であり、またそれに伴い、法律に準じた看護の教育の抜本的な見直しや再構築が必要になると言えます。

以上の事を踏まえて、ミキが患者からグラフトを採取した行為の是非を考察するとしましょう。

ミキは自らの意思でグラフトの採取を行なったのではなく、朝田の指示の元、朝田に頼まれたからグラフトの採取を行いました。

この構図は、医師からの指示の元、医療行為を行なっているので、解釈によっては『診療の補助』の範疇と言えるでしょう。

しかし、あくまで、『診療の補助』とは補助行為であるため、グラフト採取を行う事を補助行為と認定するには、それ相応の理由は必ず必要になるでしょう。

また、看護師がグラフト採取をしなければいけなかった理由をきちんと説明できた場合だとしても、世間一般的には『診療の補助』として認められる行為だとは言えないでしょう。

医師には、医師の仕事があり、看護師には看護師の仕事があります。高度な医療行為は医師の仕事です。そのため、看護師がその垣根を超えて高度な医療行為を行うことは、越権行為となり、違法行為である事を認識しないといけません。




4、看護師が医療行為を行う未来

私は、看護師の限界を感じ、看護師を辞める事を決意しました。

看護師という仕事に未来を見出す事が出来なかったのです。

看護師は、約70年前に作られた保健師、助産師、看護師法に守られている反面、悪い言い方をすると、その呪縛に職業人としての成長を阻害されている可能性があるのです。

しかし、看護師も少しずつ変わりはじめています。現在は、ある一定のレベルの医療行為を主体的に行う事のできる、認定看護師や特定看護師、また、学会が認定を行い、ある一定レベルの知識や技術を有する事を証明する制度など、様々な資格、制度が整備されるようになりました。

看護師のキャリアに付加価値をつける事が出来るようになったのです。

この流れは、拡大しつつあり、医療における看護師の役割に変化をもたらす未来が現在進行形で動いているのです。

近い将来、もしかしたら、医療6巻における、ミキが患者の身体からグラフトを採取する行為が日常になっている未来がくるかもしれません。

そんな未来が来る可能性を信じながら、私の考察を終わりにさせて頂きます。

最後までお読みいただき本当に感謝します。


看護師という職場の発展を切に願い、看護師の未来が明るい事を影ながら祈らせていただきます。

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