同僚は猫。
急だな、いつも。
りょうこさんのご実家から帰って、荷解きをして、ふぃーっと、ひと息ついた夕方。久しぶりな気がした、この部屋。
ソファーに座った僕の足の間に、床に座ったりょうこさんがソファーにもたれてテレビを観て。
スマホの音に気がついて、りょうこさんは僕の膝小僧を、ゆっくりじわっと指先を広げくすぐる。
「くすぐったいです。」
「ふふ。誰?」
「すみちゃん。」
「あら、何て?」
「仕事しない?って。」
「かおるくんが?」
「うん。」
「何の?」
「何でしょうね?」
「何でしょうねぇ。」
ソファーにのぼるりょうこさんを抱えるように、位置をずらし、振り向くりょうこさんからは、実家のあのシャンプーの匂いがする。
体重を預けるように僕にもたれかかって、一緒にスマホ画面を見ているりょうこさんは、左手でまた膝小僧をそっとじわっとくすぐる。
「くすぐったいですって。」
「相変わらず弱いのね。」
「りょうこさんは?ここは?」
「っくは、だめ。」
脇腹を人差し指でつつくと、くにゃんと身をよじって笑う。僕の膝の中、かわいいりょうこさん。
「ヤバい仕事ですかね?」
「スパイみたいなやつ?」
「殺し屋とか?」
「えー、かっこいい。でもだめ、かおるくん下手そうだもん。」
「え。下手って。」
「大事なとこで物音とかたててバレちゃいそう。」
「上手いかもしれないですよ?シュッて、こうやって、カッコよく。」
人差し指でピストルを作ってバンッと撃つ真似をして、キメ顔をすると、りょうこさんはそのピストルをつかんで自分の胸にあてる。
「撃ってみて。」
挑戦的な目。
僕はこの、りょうこさんの挑戦的な目がたまらなく好きだ。瞳の奥がゆらりと光る、この目。
バンッ!
「猫!?」
「猫?」
陽二くんは、母やすみれさんの幼なじみで、確か今は、IT関連でいろんな事業をしているとか。背がひょろんと高くて、頭が良くて、丸いメガネの奥はいつもニコニコして優しい雰囲気の。
そーだ、ヨージくんだ。
母が亡くなってからも、たまにすみれさんの部屋に遊びに来て、僕が本好きだからと、読み終えた文庫本をまとめてくれたりしていた。几帳面に帯までちゃんとついていた。
「保護猫かぁ。」
「わっ猫カフェだって、かおるくん似合いそう。」
「僕で大丈夫かな。」
「大丈夫だよ、かおるくんだもん。あの福ちゃんだってあんなに懐いてたんだし。」
「うん、福ちゃんかわいかったなぁ。」
「飼えなかった子?」
「うん。僕が高校の時、帰りに子猫を保護してね。まだ2ヶ月くらいで、青い目をした黒猫で。すみちゃんも、病院連れていってくれて、病気もなくて健康な子だったんだけど。結局、マンションでは飼うことはできなくて。なんかその時、僕めちゃくちゃ泣いちゃったんです。わからないけど涙がとまらなくて。すみちゃん、そのことおぼえてたんだ。」
「そうだったの。その子どうなったの?」
「すみちゃんの会社の人だったか、猫飼ってる人のところへ引き取られたんだったと思う。」
「そっか。ねぇ、お仕事、やってみたら?」
「うん。」
僕は、膝小僧にあるりょうこさんの左手の上に手を添えた。
🐾🐾
ヨージくんの保護猫カフェは、りょうこさんの部屋から徒歩30分で行ける距離にあった(近々自転車を買おうと思う)。
「かおるちゃん?かおるちゃんだよね?」
久しぶりに会うヨージくん。
だけれど、前とさほど印象は変わっていなくて、少しだけ髪型とかが垢抜けたような気はするけれど、丸いメガネはそのままだ。眼差しも。
「はい、ご無沙汰してます。」
「ご無沙汰だね、ほんとだ。ハハッ」
清潔な室内の壁一面はロッカーのような猫用ケージになっていて、水周りはひとまとまりに、食堂風な猫用の餌やり場も、高さを考慮して設えてあった。人間用のソファーと小さな冷蔵庫もある。
暖簾を潜った先には、誰かの部屋みたい、もうすぐにも生活できそうな明るい部屋があった。
キャットタワーに、トンネルに、ハンモック。
ソファーやクッション、そして真ん中にはコタツまであった。
「ここ、猫カフェスペース。どう思う?」
「すごい!私が住みたいくらいですよ。」
「ハハッ!
それはパートナーさんが寂しがるでしょう?」
すみれさんから、僕とりょうこさんのことも、僕のあれこれも通達済みなようで安心した。
「さっそくなんだけど、明日から順番に猫さんたちをここへ連れてくるんだ。今のところ6人。」
スナップ写真つきのリストを見せてもらっていると、
ナァーン
と足元にきれいな黒猫が。
「その子は僕の飼い猫。ここの先住猫として仕事してもらうんだ。人懐っこいんだよ。レオっていうんだ。」
「レオ。こんにちは、よろしくね。」
まとわりつきながら僕を見上げてくるレオは、
「ナァ。」
と返事をしてくれた。
明日から、僕は、ここで働く。
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