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大学で何してんの?の疑問に小説で答える

高校からの延長として惰性で授業を聴いていた。
まるでテレビを見るように、ぼんやりと授業を受けていたのだ。
休講になるとみんなが大喜びする。
誰も、勉強なんてしたくない、と思っている。
それが学校という場を支配する強烈な印象だった。
僕の失望とは、大学も単なる学校に過ぎないのか、というものだったといえる。

どうやら、大学はそれだけの場ではなさそうだ、ということが、ほんの少しだけ、予感のように、トンネルのずっと先の出口のように、明るく見え始めてきた。

森博嗣『喜嶋先生の静かな世界』講談社

■ 大学で何してんの?

昔から多くの人に「大学の研究ってぜんぜん想像つかない」と言われてきました。おそらく大学院まで行った人でなければ「そもそも研究って何?」という感じだと思います。実際、私自身も学部4年の研究室所属までは、大学での学術的な研究がどんなものか想像したことすらありませんでした。そのときの研究室の選択が現在の自分に繋がっていることを思うと、深く考えずも人生をわける選択をしていたのだな…と今になって思います。

「研究室でどんな生活をしているのか」とか「どんな様子で研究をしているのか」を聞かれたときには、大体は「一人で黙々と考え事したり論文を書いたりしてるかな」というような無難な回答をします。というのも、一言二言で言い表せるほど単純ではないためです。でも、本気で興味がありそうな人には

2013年発売の文庫版(いろんな人に貸してだいぶボロボロ)

という小説をぜひ読んでみて!とすすめるようにしています。初対面の人に「研究って何?」と聞かれて「本を読んでくれ」と答えるのはさすがに大学のセンセイがすぎるので、あくまでも気心の知れた人に限ってではありますが。

■ 研究者としての自分に重なる小説

この『喜嶋先生の静かな世界』は私がこれまでに読んできた森博嗣の作品で一番好きな小説でもあります。私がこの小説に特に惹かれたのは、研究者としての自分が主人公に重なる点が多いためだと思います。もちろん主人公と自分は全く同じ人間ではないですし、描かれている時代背景も違うのですが、性格や考え方は「めっちゃわかる」と思う箇所が多いです。(なお、主人公は自分なんかよりも圧倒的に優秀です)

この作品は文理や男女を問わず自信をもっておすすめできます。これまでに紹介した10人くらい?の人たちもみんな「良かった」と言っていました。あと「研究者の気持ちがちょっとわかった」とも。

ちなみに森博嗣の小説は100冊近く出版されています。全般的には独特の理系臭?があり好みがわかれるかもしれませんが、この小説は幅広い方々が楽しめると思います。もちろん私は全作品を楽しく読ませてもらっています。

■ ストーリー紹介

参考までに、ネタバレのない程度に小説の内容を紹介しようと思います。

主人公は大学の研究者で、ストーリーは大学入学の頃から始まります。4年生になり研究室に入った後でタイトルにある「喜嶋先生」に出会います。ありがちな設定かもしれませんが、喜嶋先生は天才かつ変人です。また、3年生までの講義では大学に「失望」を抱いていたという主人公は、4年生になり「学術研究」にも出会います。そこでは、大学という場所の本当の姿に主人公が感じた「光」が鮮やかに描かれています。まさに私自身が研究にのめり込んでいった頃の思い出にも重なるリアルな研究生活の描写だと思います。そして足早に過ぎていく学生生活を通して、主人公が研究者としても社会に近づく人間としても成長していく様子が描かれていきます。

終盤に描かれている結婚式のシーンは個人的には一番の感動ポイントです。主人公と喜嶋先生の2人だけが共有する世界が、何気なくも特別なものとして絶妙に表現されています。決して派手なシーンではないですし、特に誰かが感動的なセリフを言うわけでもありませんが、師弟のお互いの純粋な思いが2人のやり取りの中に滲んでいます。その他、最終章には森博嗣らしい研究者観が詰まっています。

そして読み終わったときには、なんというか、何かに没頭していた小さい頃を思い返して懐かしさと寂しさを感じるような、不思議な感覚が残ると思います。

学術的な研究と縁がなかったという人にもこれから研究者を目指そうという人にもおすすめの1冊です。

(2021.12.13追記)本記事がnote教育の公式マガジンにピックアップされました。

(2021.12.20)募集テーマで多くのスキを集めた記事になりました。

(以下雑記)森博嗣も過去に大学教員をされていたようです。なので私としては「森先生」と呼ぶべきかもしれません。理系の小説家として知られています。結構前ですがノイタミナの枠で『すべてがFになる』もアニメ化されました。

ちなみに『すべてがFになる』はS&Mシリーズ全10巻の初巻のタイトルです。シリーズ毎に時代や登場人物も違いますが、すべてが裏で何かしら繋がっているところがすごいです。現在進行形のシリーズに繋がる伏線も過去のシリーズに散りばめられていて「いったい最初からどこまで構想していたのか…」とよく驚かされます。

私が森博嗣の小説を読むようになったきっかけは、スカイ・クロラの映画版を見たことでした。

当時は森博嗣のことはまったく知らず「GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊、イノセンスの押井守が」という謳い文句を聞いて本当になんとなく1人で観に行きました。映画は面白かったといえば面白かったのですが、メッセージを理解できたとは思えなかったので、小説も読んでみようと思いました。そして森博嗣の小説にハマり今に至っています。

映画公開のタイミングで販売された限定カバー小説

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