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本能に支配されていてもいい。 『愛はさだめ、さだめは死』

実際のところはラスやヴォンダ・マッキンタイア、ル=グィンやジョーン・ヴィンジの活躍なしにサイバーパンクは成立しない。サイバーパンクという私生児には当然「父」は存在しないがーあるいは、あまりにも父が多すぎて不在同然なのだがー厳然として「母」はいるんだ。

サミュエル・R・ディレイニー

サイバーパンクの原点としてしばしば名前が上がるティプトリーの「接続された女」。この一編が収録されている短編集「愛はさだめ、さだめは死」を買って読んで見たので感想とか。

全十二編。


序文。

まずこの短編、ロバート・シルヴァーバーグによる序文が付されているのですが、この序文の時点で既に面白い。ティプトリーは女性なのですが、作品からは男性的な視点を感じます。性をモチーフに多用し、それはどこか衝動的で破壊的、男の性欲のようなものを感じさせます。何の前知識も与えられなければ、わたしも男性作家だと錯覚したでしょう。シルヴァーバーグを笑うことはできない。

シルヴァーバーグはティプトリーのスタイルをヘミングウェイのようだと形容するのですが、これも何というか予言的。二人とも最期はショットガンで自殺してしまった。

本編、一ダースの短編たち。

すべての種類のイエス

一人の宇宙人が地球を訪れ、ヒッピーたちに連れられてウロウロ歩き回る話。
初っ端から強めのジャブを食らう。作中の登場人物ともども、狐につままれたような感覚で読み終える。

楽園の乳

異星人によって育てられた少年の悲劇。人と異なる世界で育った主人公は周囲とかけ離れた美意識を持ってしまう。ラストの光景は我々にとってはおぞましいものであるが、彼にとっては美しく愛に満ちた世界なのだ。この孤独さがたまらない。

そしてわたしは失われた道をたどり、この場所を見いだした

惑星調査にやってきた研究者の主人公が、現地で奇妙な光を目にするが、正体を突き止めることができず、惑星を去ることに。
彼は調査団が引き上げるなか一人残る決意をし、山の頂上に知的生命の兆候を発見する。が、そこで息絶えてしまう。初読では、シンプルに真実を突き止めようとする科学者の執念を描いたものだと感じましたが、どうかしらん。

エイン博士の最後の飛行

生物学者の博士は、人知れずある女性と過ごし愛を交わしていた。やがて彼は致命的なウイルスを世界にばら撒いてしまうのだが、それも彼女の為だった。そしてラストにそっと彼女の名・・・・が明かされる。滅びゆく人類の無常、終末アポカリプスの静謐に満ちた美しさが、素晴らしい余韻を残す短編。

アンバージャック

極小ページの掌編。お互いネグレクトを受けた二人のカップルは、愛という言葉を両親のような人間になることだと思い込み、避けていた。しかし二人の間に子供ができ……。と書いてみたもののよくわからないというのが正直。影の薄い短編かぁ。

乙女に映しておぼろげに

ある男のオフィスに突如女の子が現れる。彼女は未来からやってきた女の子。よくわからんが透過したりする。男は未来の世界を彼女から聞く。どうやら核戦争で人類は滅んではいなかったようだ。この話も難解の極み。

接続された女

おそらく一番の目玉。自殺を測ったP・バーグは、ふた目と見れない醜女。(作者によって散々な描かれ方をする)彼女は遠隔操作で美しい少女の体を操って、タレントとして仕事をしてほしいと頼まれる。やがて金持ちの青年と恋に落ちるが、その結果はまあ察しの通りの悲劇。様々なオマージュがなされた短編で、ヴァーリィの「ブルーシャンペン」、ギブスンの「冬のマーケット」、飛浩隆の「ラギッド・ガール」はもちろん、最近では「竜とそばかすの姫」なんかもそう。この短編自体はありうべき世界を描いたSFではなく、一つの寓話のよう。

恐竜の鼻は夜ひらく

バカSF。タイムトラベルによって過去の世界を調べる考古学者の一団。予算を融資してくれる、ある議員は無類のハンティング好きで、ついうっかり恐竜狩りができますよ。などと約束してしまう。しかし恐竜が住む白亜紀まではタイムトラベルできなかった。何とか恐竜の痕跡を偽装しようとする。恐竜の歩いたあとの道には大量の糞が落ちているとのことで、みんなでモリモリ葉っぱを食べるという……話。
筒井康隆み。

男たちの知らない女

軽飛行機で旅行をする四人の男女。主人公の男と、マヤ族の飛行士、そしてふたり母娘。飛行機はトラブルに見舞われ、メキシコのジャングルに不時着してしまう。非常時にもかかわらず、母娘は一向に取り乱さない。男はそんな彼女たちを異星人のような目で見る。二人の女はこの世界に不満を抱え、ここではないどこかを渇望する。そこへUFOが現れ女二人はついて行ってしまったという話。フェミニストとしてのティプトリーが色濃く出た短編か。

断層

エビ型の宇宙人を暴力沙汰で傷つけてしまった男。刑を宣告され何らかの処置がされるも体は至って健康なまま。地球に帰還し奥さんと再会するが、どうも様子がおかしいことに気が付く。彼の中で時間がずれているのだ。物理的な時間はそのまま、主観的な時の流れがどんどんずれていく。これこそが刑罰であったのだ。

愛はさだめ、さだめは死

昆虫のような見た目の異星人が主人公。彼らは冬が来ると理性が消え、本能の赴くままに行動する。その衝動は仲間さえも共食いにし、糧とする。主人公は恋人を連れて逃避行に臨む。自分は本能に打ち勝ち、決してお前を殺しはしないと。かつて自分を育ててくれた母はいない。ならば俺が代わりに母になろう。彼は、やがて繭から変身して生まれ変わった恋人に食べられてしまうが、それもまた愛の中の出来事。
猛烈な勢いで進む一人称の語りには、熱があり、有無を言わせない迫力がある。個人的に短編中で一番好きな話。

最後の午後に

宇宙船で移民してきた人類が作り上げたコロニーに、怪物が押し寄せようとしていた。それは海を越え繁殖のためにやってくる。主人公ミューシャはテレパシーを使う生物ノイオンに助けを求める。ミューシャの強い欲求に反応するノイオンは、突進してくる怪物の群れを逸らすことに成功したかに見えたが、すんでのところでミューシャの欲求に我欲がまぎれ、コロニーを壊滅させてしまう。

個人の存亡と世界や人類の存亡の相剋。意味があるのはわたしか世界か。そんな根源的な問いを読者に突きつける。

そんで

名作だらけの豪華な短編集。ページ数もスリムで、なかなか贅沢な読書体験、SF体験なのではないでしょーか。人間は多かれ少なかれ本能に支配された生き物である。しかしティプトリーの小説はそういった観念から連想される、やるせなさや閉塞感のようなものはない。人類が刹那に見せる愛と愚かさを慈しむような、生きることの苛烈さを歌うような小説だ。

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