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書評『宇宙の孤児』

ハインライン『宇宙の孤児』は第一部「大宇宙」と第二部「常識」の二部に分かれていて、「大宇宙」が1941年3月「常識」が同年10月に雑誌で発表され、しばらくたって1963年に単行本として刊行された。戦前のハインライン初期の作品ということになります。

この『宇宙の孤児』は現在絶版で、電子書籍でしか読むことができない。しかもハヤカワからではなくグーテンベルク21という電子専門の出版社から出ているだけというはぐれっぷり。(電子があるだけマシかもしれないが)

なぜそんな他にもっとあるだろ…というなハインラインの作品をチョイスして読んだのかというと、水上悟志先生の『虚無をゆく』という漫画の元ネタとしてこの小説を目にしたからです。他にも『シドニアの騎士』とか。

これら全て、宇宙船が丸ごと都市のようになって宇宙を彷徨っているという設定のSF、世代宇宙船ネタですね。その古典としてハインラインの『宇宙の孤児』があるのです。

あらすじ

2119年、プロキシマ・ケンタウリ星系を目指して地球を出航した宇宙船バンガード号は、遥かな時を経て人類と変異種ミュータントに種が分かれ、互いに上層と下層を住処とする世界を形作っていった。
かつて宇宙船を建造し動かした科学の知識は、宗教の教義に形を歪められ人類は宇宙船を一つの世界と信じ切るまでになっていた。
青年ヒュウ・ホイランドは鋭敏な知性を持って生まれ、形を変えられた教義に疑問を持つ。
ある日、ミュータントが住む上層を冒険していたところ、彼らの襲撃に遭い捕虜となってしまう。そのとき、双頭のミュータント、ジョウ=ジムと出会う。
ジョウ=ジムは優れた頭脳を持ったミュータントたちの統率者で、ヒュウは彼から信じられないようなこの世界の真実を知らされることになる。

感想

本の長さは250ページでそんなに長くない。
ヒロイックな主人公の活躍なんかはハインラインみをバリバリ感じさせる。

宇宙船内の資源がシビアなので、余計な人間なんかが転換炉なるものに放り込まれたりするところなんかがすごくドライでよかった。
主人公たちは宇宙船を島のようなものだと思い込んでいる人々を説得しなくちゃならない展開になりますが、そのときにも即座に、戦闘で死者が出るのもやむなし、という思考が当たり前に出てくるので、絶妙に命が軽い世界観があり、ショッキングで面白い。

バンガード号は世代交代を前提に作られた宇宙船で、万が一宇宙船を修復できる技師が一人もいなくなっても大丈夫なように、宇宙船のエンジンなどに使われるパーツを、摩耗や腐食で劣化しないようにレバーやシャフトの代わりに、電動式のオンオフで動かせるように工夫していたり、ミュータントの存在も船のバリアが切れた結果、宇宙線の影響で産まれたものだったり、船内の環境がどういうものなのかという考察も、遊びがあっていい。

これが1941年の作品なのでびっくりですよね。
僕らの生まれてくるもっともっと前にはもうアポロ計画はスタートしていたんだろ?というのはポルノグラフィティのアポロの歌詞ですが、それよりさらに前ということになりますよね。
時代という点では、女性の扱いがぞんざいなのも、さもありなん……。
文明が退行した結果とも読めるけど。

全体的にジュブナイルな雰囲気があって、メインの見どころは主人公たちの冒険やアクションにあるかもしれない。双頭のジョウ=ジムもいいキャラ。
もともと日本では、『呪われた宇宙船』(1971年)『さまよう都市宇宙船』(1972年)というタイトルで、児童向けに出版もされている。
『夏への扉』を読むくらいのライトな感じで読める小説だと思います。

『宇宙の孤児』はハインラインの別な作品である『メトセラの子ら』と共通の世界観を持っているようで、向こうの小説で『宇宙の孤児』の出来事が振り返られたり、詳しく解説されなかった宇宙船のことなどが明かにされるようです。

ネットを漁ったなかだと、こちらの方のレビューが一番すっきりした解説でよかったです。おすすめ。


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