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プレゼント。

 町の外れの小さな雑貨屋に一人の男性が訪れた。男性はピシッとしたスーツのよく似合う、サラリーマンだと思われた。
「いらっしゃいませ」
その男性を、店主の男が出迎える。
「…色々あるんですね」
店内を見回した男性が言う。「そうですね」と店主がうなずく。
「…鏡が多いですね」
男性が言う。店内には、様々な鏡が揃えられていた。
「えぇ」
店主が小さく笑う。
「鏡って好きなんです。優しいですから」
男性は、「不思議なことを言う人だな」と思った。
「…ここには、プレゼントなんかを買いに来る人もいるんですか?」
「そうですね、割といらっしゃいます」
「その時は、例えばどんな…?」
「ん~、これだけ色々あると、人それぞれですが…」と、今度は店主が店内を見回す。
「こないだ、小さな女の子がやってきて、おかあさんの誕生日プレゼントに、小さな手鏡を買って行ってくれました」
「手鏡?」
「はい。『おかあさんは、おしゃれをするのが好きだから』って」
「…いい子ですね」
「それから、こないだ来られたおじいさんはペアのワイングラスを買って行かれました」
「ペアの?」
「はい。結婚記念のお祝いに、長年連れ添った奥様とお酒を楽しまれるんだとか」
「なるほど」
「昨日は若い娘さんが、お父様にネクタイピンを買っていかれました。勤続二十年のお祝いだそうです」
「いい娘さんだ」
男性が、少し暗い顔をした。店主が「今日はプレゼントをお探しですか?」と聞く。
「いえ、プレゼントは、もう選んであるんです」
「そうでしたか」
「でも…」
「はい?」
「プレゼントは、選んだんですけど、でも、これでいいのかなって…」
「…差支えなければ、どんな?」
「…これです」
男性が、小さいグレーの箱を取り出した。中を開いて見せる。ハートの形のペンダントが入っていて、ピンクゴールドの可愛らしい輝きを放っている。
「…どう思いますか?」
男性が聞く。
「素敵なペンダントだと思います。可愛らしくて、とても女性が喜びそうです」
店主の答えに男性は「…ですよね」とうつむいた。その様子を、店主の男が気にする。
「このペンダントは女性が喜びそうなものです。俺自身も、女性に人気なものを調べて買いに行きましたし、お店の店員さんも、そう言ってました」
「はい」
「それに、このピンクゴールドは限定カラーらしくて、『女性は限定品が好きですよ』って」
「そんな話、よく聞きますね。しかし、それではダメですか?」
「…ダメです」
男性が首を振る。
「このペンダントは『女性が喜ぶもの』です。『俺が』『彼女を』喜ばせたいという気持ちのこもったプレゼントではないんです」
店主は黙って聞いていた。
「彼女にも、よく言われるんです。『不器用ね』って。そう言われると、なんだか申し訳なくて」
男性の話は続く。
「わからないんです。彼女が何を喜ぶか。何をしてあげたら嬉しいのか…」
男性が、再び店内を見る。
「このお店にいても、こんなに色々あるのに何を選べばいいか、さっぱりわからないんです」
「だから、こんなものしか選べないんです」男性がため息を吐いた。
「では、」
店主の男が言う。
「気持ちが込められないのなら、気持ちで包んでみるのはいかがでしょう?」
「え?」
「例えば、こんなので」
そういうと、店主は色んな色の小箱を持ってきた。どれもが手の平サイズでペンダントの箱がちょうど収まる大きさだった。そして、色んな綺麗な色のリボンや可愛らしいシンボルのシールも揃えた。
「お客様の想いが伝わるように、気持ちで包んでみましょう」
男性が、店主の揃えた材料を見る。
「…俺、不器用なんですけど」
「いいんじゃないでしょうか。それも、お客様の気持ちだと思います」
「…やってみます」
男性が材料を見た。まず、その中から一つの箱を選んだ。その箱は、桜の花のような淡いピンク色だった。
「なぜ、その箱を?」
「なんか、この桜色が、彼女のイメージとピッタリだったので」
「そうですか」店主が微笑んだ。
男性は、その桜色の箱の中に赤い紙屑を敷き詰め、その上にペンダントのグレーの箱を置いた。
桜色の箱の中で、ペンダントが見えるようにグレーの箱は開いて置く。ペンダントのピンクゴールドが、グレー、赤、桜色に囲まれ、とても美しく映えていた。
「かわいいですね」
「ありがとうございます」そう言うと男性は桜色の箱を閉じた。そして次に、リボンを選ぶ。
「えーと…」
男性は、とても楽しそうな顔をしていた。男性は、光沢のある深いパープルのリボンを選び、それを桜色の箱にちょうちょ結びで結び付けた。
「…これは?」
「はさんでみるのはどうでしょうか?」
店主が、小さなメッセージカードを並べた。
『おめでとう』や『ありがとう』、『HAPPY』などの言葉が、おしゃれな文字で印刷されている。
「へぇ…」
男性がカードを選ぶ、しかし、どれもしっくりこないようだった。
「ちがいますか?」
「ちょっと、違うかなって」と男性が首をひねる。
「では、こっちにしましょう」
店主が無地のカードを取り出した。
「ご自分で書かれてみては?」
男性は「いや…」と迷った。しかしすぐに、「いえ、やってみます」と頷く。
男性は、真っ白のカードを取り、黒いペンでメッセージを書き始めた。店主は、「ごゆっくりどうぞ」とその場を離れた。
 少しの時間が経ち、店主の男が戻ってきた。店主の目に映る男性の顔は、なんだか満足そうだった。
「あの、このシール使っても?」
「もちろん」
男性が、赤いハートのシールをカードに貼り付けた。不器用な男性が、不器用な手つきで張り付けたシールは少しゆがんでいた。しかし、ハートマークが首をかしげているようで可愛らしく見えた。
「かわいいですね」
「なんか、彼女が好きそうで」
「そうですか」

「…よし」
完成したプレゼントを見て、男性がうなずく。
「気持ちは、伝わりそうですか?」
店主が聞いた。
「これを受け取ったら、彼女は…」
男性がその姿を想像する。
「きっと、『不器用ね』って言うと思います」
「そうですか」
「でも、笑ってくれると思います」
「…ですね」と店主が返事をする。その目を、男性が見る。
「差し出がましいようですが、」と店主が言う。
「きっと、喜ばれると思います」
「え?」
「お客様は、彼女のイメージに合うと思って桜色の箱を選び、彼女のためにハートのシールを選んだんですよね?」
「はい」
「ペンダントは、全て揃えてるじゃないですか」
男性が、自分の手にある箱を見つめた。ピンク色のハートのペンダントが、可愛く輝いている。
「彼女が喜ぶものを選んでたんですよ。無意識だったかもしれませんが」
「そうだったんでしょうか…」
男性が微笑んだ。とても嬉しそうだった。
「だったら、いいなぁ」
「その答えは、彼女に聞いてみないとですね」
「…ですね」と男性が頷く。その顔は、笑顔だった。

「ありがとうございました」店主が店のドアを開ける。「また、いらしてください」
「今度は、彼女と来ます」
「お待ちしております」
男性は、清々しい笑顔を残して帰っていった。

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