ある街のクリーニング屋のおばちゃん【靴の底 #14】
「あんた暇やろ!?」
平日の昼間、突然鳴った電話に出る。こちらの挨拶も聞かずに、早口で要件を話し出すのが母の恒例だ。
「今な!イタリアから来てるべッピーノおるねん!一緒に散歩したって!」
急な話に動揺はするが、この突然の出来事に慣れ始めている自分もいる。
「あんな、化粧も何もしてないねん。べッピーノは今日は暇なんか?」
「東京来てな、暇なんやて!遊んだって!」
「ちょっと、べッピーノに変わってくれる」
いつもハイテンションの母が「べッピ!娘!娘がな、変わってやって!」と大声で言うのが聞こえ、次のタイミングで落ち着いた声に変わる。
「はじめまして、葉子といいます。べッピーノって呼んで良い?」
「大丈夫よ!はじめまして、葉子さん」
「べッピーノ、私がそこのクリーニング屋に行くのには時間がかかるから私の街まで来れるかな?」
はじめましてのべッピーノと待ち合わせ場所を決めて、母に私の連絡先を彼に伝えるように言うと電話を切った。
「さて、準備するか」
ある街のクリーニング屋に勤める私の母は、よく外国人をナンパする。ナンパというのは、まぁ言い方が悪いので訂正しよう。
母のクリーニング屋に客としてくる外国人とやたら仲良くなるのだ。それは我が家が昔、メキシコに駐在していた経験から異国で過ごす苦労を気にかけているのかもしれないが、誰にでもフレンドリーな母は気が合う外国人に声をかけ、仲良くなると私に電話をしてきて「散歩したって!」と言うのだ。
「今回はイタリア人か〜」
母に紹介されたウガンダ人、ロシア人は今も仲が良く、旦那の実家の正月に2人が遊びに来たこともあった。長い休みには温泉旅行まで一緒に行く仲にもなっている。
「オカンが今度はイタリア人紹介してきた」
「あのおばちゃん、ほんまおもろいやん」
仕事中の旦那がパソコン仕事から手を止めて笑う。
「ちょっと、駅まで迎えに行って散歩してくるわ」
LINEにべッピーノから「電車に乗りました」と連絡が入った。
駅に着き待ち合わせの場所に行くと背の高いスラリとした外国人が立っていた。金髪の端正な顔立ちに周囲の女の子たちの視線を奪っている。オカンもとんだ逸材を拾ってきたな。
「べッピーノ?」
「あ!葉子さんですか?べッピーノです!」
「はじめまして。今日は急な話になってごめんね」
整った顔立ちがニコリと笑うと眩しい。久しぶりに本物のイケメンを見た。
「べッピーノ、近くの公園行く?散歩しようか」
駅近くの公園に向かう途中、ふと心に浮かぶのが「むしろこれオバちゃんがイケメンと金払ってデートしてるみたいになってないか?」という気持ち。
顔が整いすぎてむしろ恋愛対象に見えないけど。
「わたし、公園大好きです!」
広い公園を少し歩き、ベンチに腰掛ける。
「べッピーノはいくつなの?」
「19歳です!」
「日本で何をしているの?」
「イタリアが好きじゃないんだ。日本で大学に入りたいと思って、来日しました」
キャー!という叫び声が聞こえたかと思うとべッピーノが女の子たちに手を振っている。「彼女たち、わたしのこと見てきますね」少し照れながらも答えるのがイケメンの成せる技か・・・。
「お父さんはなんの仕事をしているの?」
「んー、アフリカで内戦をしている国の支援をしている。一緒に日本人も働いているよ」
「私がお世話になってる人もたぶん同じ仕事してるよ。Aさんっていうんだ」
「Aさん!?お父さんの友達だよ!うちの家にも泊まりに来たことあるよ!」
大学時代からお世話になっている穏やかなAさんの名前がはじめて出会った者同士から出てきて、二人で声を上げた。
お互いにAさんの写真をスマホで見せ合う。べッピーノと一緒に笑う見知ったAさんがそこにいる。
「Small World・・・!!」
べッピーノの言葉に、「世間は狭いね」と感じる。
本当に世界は狭い。ある街のクリーニング屋に偶然来た外国人と知り合いが一緒だったなんて。
「うちのオカンはいったん何者なんだろう。本当にクレイジーだわ」
「でもあなたのお母さん、とても良い人。2時間話し続けるけどね」
都会の隅の個人店で働く小柄な母を思い出す。子供の頃からあの母に振り回されてばかりだが、こんな出会いを引き寄せてもくれるから不思議な存在だ。
「べッピーノ、夜ご飯うちに食べに来ない?旦那に会わせたいんだ」
私の申し出に、19歳の青年は元気よく「うれしい!!」と答えた。
数ヶ月たち、4月になった。
「GWはべッピーノに実家に来てもらうことにしたから」
旦那がニヤッと笑う。あれから旦那とべッピーノは私抜きでも会うようになり、すっかり悪巧みの仲間になっている。
「GWはお茶畑の収穫の季節やろ?若手不足だから、労働力としてべッピを送り込もうと思ってな」
旦那の故郷はお茶作りが盛んで、幼馴染の家もお茶農家だ。大変な労働ではあるが、毎日おいしいご飯と温泉がついてくるから良い経験になるだろう。
というか、この話は小耳に入ってた。
「あー、オカンのところに『お茶作りの体験してきます!!』ってべッピが言いに来たって。めっちゃ楽しみにしてるみたいやで」
「そんな喜んでるんや。けど、あいつクリーニングは持っていってるんか?」
「いや、お茶飲みに来るだけだって。オカンも話し相手がほしいから嬉しいみたい」
高齢の母はきっと相変わらずのテンションで彼と話し続けているのだろう。
「けどさ、私達いつの間にか若者の世話ばかりしてるな」
「自分たちがしてもらってきたことが、返ってきた感じするな」
私も彼も日本や異国でたくさんの大人たちにお世話になり、経験をさせてもらった。今、彼らにしてもらったことを返す時期なのかもしれない。
「お茶作り、楽しいと良いね」
「作った茶葉は、君のオカンに届けさせるか」
「べッピーノからもらった、って喜ぶな」
ある街のクリーニング屋で働くおばちゃんは、おせっかいをフル稼働させて、私たち夫婦に新しい出会いと経験を与えてくれる。
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