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介護人材の争奪戦ー介護労働の国際化ー介護労働Ⅴ-1


1.介護現場の国際化は必然

 日本の介護人員不足は誰でも知っていることです。

 2025年には243万人の介護労働者が必要だとされていますが2019年時点での介護職員の総数は211万人ですので、2019年比で32万人必要となります。
 介護労働者は毎年間平均で53,000人程度増えて行かなければならないのです。
(参照:『第8期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数について』厚生労働省 2021.07.09) 
 ところが、2022年には、新たに介護に就労した人数より、介護を辞めた職員が上回り、介護労働者が前年より6.3万人(▲1.6%)減ってしまったといいます。

 この人手不足の中、海外の労働力への期待が高くなっています。介護分野の外国人労働者の受入はEPA[1](経済協力協定)に基づくインドネシア、フィリピン、ベトナムからの受入と外国人技能実習制度による技能実習生(1号,2号,3号)の受入、1号特定技能外国人の受入と外国人の在留資格の介護(介護福祉士)の4種類があります。
 但し、海外より人身売買などと非難されてきた外国人技能実習制度は廃止され育成支援制度(仮称)に転換される予定となっているようです。

 これらの受入制度及び在留資格の詳細についての説明は省略しますが、詳細は次のサイトが参考になると思います。

・EPA:公益社団国際厚生事業団 https://jicwels.or.jp/?page_id=14
・外国人技能実習制度:外国人技能実習機構 https://www.otit.go.jp/
・特定技能:出入国在留管理庁 https://www.moj.go.jp/isa/policies/ssw/nyuukokukanri01_00127.html
・厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_000117702.html
・在留資格 介護:出入国在留管理庁 https://www.moj.go.jp/isa/applications/status/nursingcare.html

 EPA介護福祉士・候補者は2023年1月1日現在で3,257人、在留資格「介護」は2022年6月末現在で5,339人、技能実習生は2022年6月末現在で15,011人、特定技能は2023年1月末現在で17,066人。
 おおよそ、約4万人程度の外国人労働者が日本の介護事業所で就労しているのです。

 小川玲子さん(千葉大学教授)[2]は今後も介護産業における外国労働者は増加すると予測しています。

「ケアは生産労働のように人件費の安価な海外へ移転することが出来ないことから、今後も移住労働者の流入が増加することが見込まれ、ケア労働はグローバル化のフロンティアになりつつある。」

(引用:小川玲子2018「東アジアにおける移住ケア労働者の構築」千葉大学グローバル関係融合研究センター p6) https://www.chiba-u.ac.jp/crsgc/research/files/ogawa_WorkingPaper.pdf

 現行制度では技能実習生や特定技能外国人などの海外からの介護労働者は常勤介護職員の半数以下とされています。ということは、将来的には介護施設の常勤介護職員の約50%弱までは外国人労働者でも良いということです。

 日本の生産人口の激減を考慮すれば、介護現場は確実に国際化していくと思われます。

2.人財としての外国人労働者

 私は監理団体(公益社団法人)を立上げ、実際に技能実習に関わった経験がありますが、大変失礼な言い方ですが、技能実習生は思ったよりレベルが高いと感じています。
 彼・彼女らは日本入国前の約半年間程度の日本語勉強で最低でも日本語能力試験[3]のN4[4]に合格しなければならず、入国後1年以内にはN3の合格が求められています。
 確かに、介護は相互コミュニケーション行為ですので、日本語能力は重要でしょうが、難しい学問的なことを話し合うわけではありません。あくまでも、日常会話程度の日本語で問題は無いと思います。

 私は、できれば日常的な場面で使われる日本語の理解に加え、より幅広い場面で使われる日本語をある程度理解することができるN2程度のレベルがほしいと思っていますが、実際に来日後3年以内にN2、N1に合格する実習生は多いようです。
 日本人でいえば、半年間程度で学校では習ったこともないベトナム語とか中国語、タイ語などの初級レベルに合格してから当地におもむいているようなものです。要するに、技能実習生などは一定程度の基礎学力、学習能力が備わっているといえるでしょう。

 また、1号特定技能外国人は先述の日本語能力試験の他に、介護の日本語能力試験と介護技能評価試験に合格することが要件となっています。また、技能実習2号(3年間)修了者も特定技能に移行できることから、実務経験3年のキャリアを有していることになります。

 要するに、技能実習生にしても、特定技能にしても一定レベルの学科試験の合格または実務経験が要件となっているので一定水準以上の人材、または人財?だといえるのです。

3.アジア地域の介護人材争奪戦

 介護現場は確実に国際化していくと思いますが、ネガティブな要因もあります。それは、アジアにおける介護人材の争奪戦に日本が勝てるのかということです。

 アジア地域において海外から流入している介護労働者はシンガポール22万人、香港32万人、台湾24万人、韓国7万人、日本4万人合計で約89万人程度だといいます。
(参照:小川玲子2018「東アジアにおける移住ケア労働者の構築」千葉大学グローバル関係融合研究センター p12)

 人口約750万人の香港の外国人介護労働者は32万人で人口の約12.5%です。香港のような介護労働者の受入れ先進地域に比べて、日本は介護分野の外国人労働者の受入れが始まったばかりで、外国人労働者受け入れの初心者なのです。

 アジアの介護労働市場は今後も拡大して行くでしょう。そして、この介護労働市場において、シンガポール、香港、台湾、韓国、日本で介護労働者の争奪戦となるのは必至ひっしです。
 この争奪戦で日本は勝てるのでしょうか。最近の日本の経済力の低下や円安を考慮すると厳しいといわざるを得ません。

 まさかと思いますが、いまだに日本は経済大国、豊かな国だと勘違いしている人達もいるかも知れません。

 日本は、名目GDP[5]は世界第4位です(2023年、GDPがドイツに抜かれ、世界4位に転落)が、GDP第2位の中国は、既に、日本のGDPの約3.5倍もの規模になっています。

 さらに、IMF(国際通貨基金)が公表している1人当たりGDP(2017年の物価水準で見た購買力平価<PPP[6]>)で、日本は2018年に韓国に追い抜かれた後、その差は拡大しているのです。

 2023 年の購買力平価<PPP>の世界ランキングにおいて、アジアではシンガポールが世界第3 位、ブルネイが第12位、台湾が第13位、香港が第14位、マカオが第28位、韓国が30位で日本はなんと世界第36位、アジアで第7位です。

 物価水準などを勘案すれば。すでに、アジアの中でも日本は決して豊かな国とはいえません。

(参照:世界経済のネタ帳「世界の一人当たりの購買力平価GDP(USドル)ランキング」最終更新日:2022.10.11 https://ecodb.net/ranking/imf_ppppc.html )

 この先、日本に海外から介護人材が来てくれるかは、日本の豊かさにかかっています。
 この豊かさとは経済的なものと社会的、文化的なものがあるでしょうが、今の日本を見ていると、残念ながら、胸を張って「大丈夫」と言えない状況です。


[1] 経済連携協定(EPA:Economic Partnership Agreement)とは、2以上の国(又は地域)の間で、自由貿易協定(FTA:Free Trade Agreement)の要素(物品及びサービス貿易の自由化)に加え、貿易以外の分野、例えば知的財産の保護や投資、政府調達、二国間協力等を含めて締結される包括的な協定。

[2] 小川玲子は千葉大学 大学院社会科学研究院教授。専攻分野は社会学、移民研究。

[3] 日本語能力試験:国際交流基金と財団法人日本国際教育支援協会が運営する日本語能力試験(Japanese -Language Proficiency Test略して JLPT)が代表的だかJ.TEST実用日本語検定、日本語NAT-TESTなどがある。

[4] 日本語能力試験のレベルは2010年(平成22年)の改定から、N1-N5の5段階である。「N」は「Nihongo(日本語)」「New(新しい)」を表している。N4は基本的な日本語を理解することができる。N3は日常的な場面で使われる日本語をある程度理解することができる。N2は日常的な場面で使われる日本語の理解に加え、より幅広い場面で使われる日本語をある程度理解することができる。N1は幅広い場面で使われる日本語を理解することができる。

[5] GDP(Gross Domestic Product:国内総生産)とは、国内の生産活動による商品・サービスの産出額から原材料などの中間投入額を控除した付加価値の総額。

[6] 購買力平価(PPP)purchasing power parity とは、ある国である価格で買える商品が他国ならいくらで買えるかを示す交換レート。各国の物価水準の差を修正し、より実質的な比較ができるとされている。

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