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[読書メモ] 東京の古本屋 / 橋本倫史

東京の古本屋

東京にある古書店(古本屋)10店。それぞれの店舗を3日間、開店から閉店まで密着することで得られた貴重な取材記録。既に閉店してしまった古書店も含まれており、それぞれの店の特徴はもちろんどの古書店にも共通する矜持のようなものを知ることができる。店舗の外でよく目にしていた古本の均一棚は、日々並び方を変えているという事実も興味深い。

盛林堂書房

ハタキはホコリを払うものだと思っていたけれど、そうか、「空気を入れてあげる」ということだったのか。

東京の古本屋|P.33

本を生き物のように扱う。古書店員の本に対する愛情が感じられる。

古本の世界には、都道府県ごとに「古書組合」がある。東京であれば、「東京都古書籍商業協同組合」。<中略>古書組合に加盟している古本屋であれば、全国各地で開催されている古本の「市場」に参加できる。

東京の古本屋|P.34

古書の市場は正式には「交換会」と呼ばれる。全古書連(全国古書籍商組合連合会)に加盟している業者のみが参加できる。本書では、品物の封筒に希望金額と名前を入れて競う「置き入札」の描写が多いが、他に「廻し入札」やオークション形式の「振り市」の計3種類がある。
神田にある東京古書会館では毎日市場(交換会)が行われており、各曜日の主な交換会は以下の通り。

  • 月曜日:中央市会:一般書籍(漫画、文庫、雑誌、学術書など)

  • 火曜日:東京古典会:古典、和本など

  • 火曜日:東京洋書会:洋書

  • 水曜日:東京資料会:一次資料、学術書、美術書など

  • 金曜日:明治古典会:明治から現代までの書籍・書画・版画など

「親父の遺品を整理していたとき、慰安旅行で宴会をやってる写真が出てきたんですよ。すごく印象的でしたね。ドジョウ掬いか何かやっている写真だったんですけど、家にはそういう芸をまったく持って帰らなかったから」

東京の古本屋|P.58

一世代前の古書店の慰安旅行の出来事を、息子が父親の遺した写真で振り返る一幕。このように代々引き継がれている古書店もある。
編集者の息子として生まれた坂本龍一が読書好きであったように、作家・芸術家の両親がたくさんの本を所蔵しているというパターンは多い。読書好きの親の性質を子供が引き継いでいくケースが他の趣味嗜好と比較して多い気がする。

「変なのばっか買ってたら、古本の神様が当たりをまわしてくれない気がします。だから、今日も市場でいっぱい人文書を買いました」

東京の古本屋|P.62

売れる本や流行本ばかり買っていたら、本当に価値のある本との出会いの機会を失ってしまうのではないか?という恐れを持つ感覚は何となくわかる気がする。

BOOKS青いカバ

パッと見たときに、貴重な本が入っていると、どうしても高い値段をつけてしまう。だから、本について知らないってことは、儲かるってことでもある。

東京の古本屋|P.89

古書に正当な価値の値段を付けて買い取ることは、古書店としてのプライドなのかもしれない。

休業中の古書 往来座

臨時休業を余儀なくされているのではなく、お店の準備をしている───そう思えてから、ようやく店で過ごす時間が楽しくなった

東京の古本屋|P.116

コロナ渦における店舗の休業要請で、臨時休業した古書店が多かった。無理やり休業しているのではなく、準備をしているという発想転換は重要だったと思われる。

古書ビビビ

スキャナーは2000円ぐらいで売ってるんですけど、パソコンに繋げてISBNを読み取ると、自動的に検索してくれるんです。

東京の古本屋|P.130

ISBNから書籍情報を自動検索できることを初めて知った。調べてみると、国会図書館やGoogle、Amazonなどから書籍を検索するAPIがいくつか公開されているらしい。既にこれらを利用したスマホアプリも多数存在している。
以下のように、自作でアプリを作っている方もいる。

岡島書店

葛飾区の中心はかつて立石で、区役所に裁判所に水道局と立石に集中していたけれど、時代が下るにつれ、私鉄沿線の立石から国鉄の駅がある町に移ってしまったのだという。

東京の古本屋|P.144

下町の生き字引である店主だからこそ聞ける過去の話。立石も再開発が始まり、下町の雰囲気は少しずつ無くなってきている。

「酉の市の熊手みたいに、値引きしても定価を払っていく風習があったらいいのにね」「今の若い連中は、祝儀を払わずに帰っちゃうのが一杯いるんだってな」

東京の古本屋|P.153

恥ずかしいことに熊手の値引きの風習について何も知らなかった。熊手は値切れば値切るほど縁起が良いとされているらしい。熊手を買う人は値切り交渉前の値段で買って、値引き分はご祝儀として売り手に渡す。最後に手締めをするところまでが一連の作法。なんと趣のある粋な風習だろう。

「外売りってね、何が売れるかを見てないと駄目だんだよね。場所によっても違うし、その日によっても違うから、自分で様子を見ながら並べなきゃ駄目なんだ」

東京の古本屋|P.166

素人のフリーマーケットのような気楽さなど全くない、本当のプロによる古書の外売りスキル。売りに出す商品の選択、出した商品の並べ方、全ての作業に古書店の高度な知識と経験が活用される。

やっぱり俺は、古本屋を商売だと思ってなくて、単なる生業だと思ってんだよな。

東京の古本屋|P.168

・商売(しょうばい):売り買いの営業
・生業(なりわい):くらしを立てるための仕事

本書の中でもっとも重みがある言葉。生業は、生活の一部のような感覚がある。古書店は、資本主義的な「商売」というより「生業」という言葉がとてもしっくりくる。

外出先の近くにある古書店に寄り道するため、青砥の近辺でGoogle Mapを使って近くの古書店を検索したことがある。岡島書店を見つけたので立石に車を停めて徒歩で散策してみたが書店はなかなか見つからなかった。同じ立石にあるPOTATO CHIP BOOKSを訪問して岡島書店の場所を聞いたところ「7月に閉店した」と聞いてとても落胆した。

本書の作者による後日談がnoteにあった。

コクテイル書房

いろんな人に『ここは自分の店だ』と思ってもらえたほうが、店も広がるし、長く続くと思うんです。

東京の古本屋|P.192

店主が「自分の店だ」という主張をするのではなく、お客さんが「自分の店だ」と思えることは大切。自分もお気に入りの喫茶店やバーや雑貨屋は「自分の店」という感覚で通っている。

テキストを読むということは、元の版で読むのと、文庫で読むのと、文庫で読むのと、電子書籍で読むのとでは全然違う経験なんじゃないかと思ったときに、古本屋ってのはなくならないなと思ったんですね

東京の古本屋|P.196

昔は持ち運びの便利さから文庫本で読むことが多かったが、最近になって単行本でじっくり読むことも好きになってきた。
周りの意見を聞くと電子書籍よりも紙で読みたいという人はかなり多い。文章を目で読む行為だけではなく、書籍の重みを感じてページをめくる動作などの物理的な作業も含めて読書というのかもしれない。

北澤書店

今のような状況で本を売ろうとすると、相当な努力が必要になる。もともと本に関心がないような人にまで、なんとか興味を持ってもらおうとしないと売れないわけ。

東京の古本屋|P.214

若者の読書離れ・活字離れが進んでいるというニュースが増えてきた。1か月の読書数が0冊という人も多いらしい。読書の目的を、情報を得ることだけに置いているからなのか。実際、情報を得るだけであればインターネットで見るのが圧倒的に便利で早い。インターネットで得られる情報を書籍化したメディアミックス作品のようなものも増えてきた。
自分が本に関心を持つきっかけを改めて振り返ると、本によって「自分の内面の発見」したことにあった。

「鏡花先生は色をなし、かりそめにも、人のお臀をのせる座布団に、字を書いて示すのは、文字を粗末にすることです」と叱責されたという。

東京の古本屋|P.236

・かりそめ:一時的なこと。短時間
・色をなす:怒りで顔色が変えるさま

泉鏡花は、文字に対する価値観の高さが他の作家と比較してもかなり際立っている。

もしも店を閉めるときが来るのであれば、それは自分で閉めようと、そういうふうに思っています。閉めざるをえなくて閉めるのか、まだ閉めなくてもいいんじゃないかという余地を残して閉めるのか。そのへんのところはわからないけど、閉めるのであれば自分が決めて、自分でやめる。

東京の古本屋|P.246

コロナ禍とか売り上げのような外的要因で決断するのではなく、自分自身で納得のできる決断するという覚悟。

古本トロワ

触らないとどんどん棚が死んでいくのはわかっているから、触りにこずにいられないんですよね

東京の古本屋|P.301

古書店の店主は、本を生き物のように扱うという共通点がここでも見て取れる。世話をしなければ本棚が死んでしまうという感覚は、古書店独特の感覚。

おわりに

印象的だったのは、どの古本屋も働き通しだったこと。「仕事が好き」だとか、「仕事熱心」と書いてしまうと、こぼれ落ちてしまう何かがそこにある。

東京の古本屋|P.340

「仕事好き」「仕事熱心」では確かに言葉が足りない。古書店の店主は古本屋を「生業」として日々生活している。朝起きて、朝食を食べ、昼食を挟んで労働をして、夕食を食べ、風呂に入り、寝るという人間の根源的なルーティンに完全に組み込まれた「生業」である。


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