"カルチャーが戦略を食う。"シリコンバレーから見た知的好奇心と忍耐強さという日本文化の価値とは|企業文化をデザインする人たち#03
2023年6月1日に出版される「企業文化をデザインする」を執筆する過程であらためて実感した「企業文化」の底知れぬ奥深さと影響力。
そんな「企業文化」をさらに深め、多くのビジネスリーダーにとって「デザインする価値があるもの」にすべく、「企業文化」と常に向き合ってきたIT業界・スタートアップのトップランナーにインタビューする短期連載企画。
ーー「企業文化をデザインする人たち」
第3弾となる今回は、SmartNews, Inc. US拠点の立ち上げメンバーで、今年まで「Head of Culture」を担っていたVincent Changに「Company Culture(企業文化)」観点で話を聞きました。
本書「企業文化をデザインする」の序章でも触れた、2017年にAirbnbの本社への訪問をアレンジしてくれたのも、他でもないVincentでした。
テック業界はもちろん、ポップカルチャーなどあらゆる「カルチャー」領域に造詣の深いVincentとの対話は、いつも私の視座を広げたり増やしてくれます。
話し手|ex-SmartNews, Inc. Head of Culture Vincent Chang
シリコンバレー育ちのアジア系アメリカ人。カリフォルニア大学在学中にフードデリバリーのスタートアップを立ち上げる。その後アクセンチュアや戦略ファームでアナリストとして活躍後、ハリウッドへ移り映画監督マイケル・マンのリサーチアシスタントを経験。テック業界に戻ってからはPR・コミュニケーション観点で多くの企業を支援。2014年にUS拠点立ち上げ時のスマートニュースに参画、PR・マーケケティングなど幅広く担当した後、Head of Cultureとして2023年1月までグローバルカルチャー&コミュニケーションを担当。
聞き手|株式会社ラントリップ 取締役 冨田憲二
2006年、東京農工大学大学院(ビークルダイナミクス)卒、株式会社USENに入社。その後ECナビ(後のVOYAGE GROUP、現CARTA HOLDINGS)に入社し複数の新規事業を担当後、子会社として株式会社genesixを創業、スマートフォンアプリの制作とプロデュースを行う。2013年に創業期のSmartNewsに参画し、グロース・マーケティング・セールス事業立ち上げを経て当社初の専任人事となり50名から200名への組織成長と企業文化形成を担当。現職は株式会社ラントリップで事業・組織推進に従事しつつ、複数社のスタートアップで企業文化・人事組織アドバイザリーを担当。2023年6月1日に初の著書「企業文化をデザインする」を出版。
シリコンバレーやハリウッド、強烈なカルチャーを体感して得た独自の視座
冨田憲二(以下、冨田)|まずVincentのユニークなキャリアの話からスタートさせましょうか。
Vincent Chang(以下、Vincent)|全部話すとこのインタビューの尺を全て使ってしまいそうだから、2つのハイライトにフォーカスして話すね。
まずカリフォルニア大学バークレー校に通っていた時、最初のスタートアップバブルが起きて私もスタートアップを立ち上げたんだ。当時のカリフォルニア大学バークレー校の寮では時間外の食事提供がなくて、さらにキャンパスの近くではファストフードやジャンクフードの販売を禁止する規制があった。そこで、AOL インスタントメッセンジャーでデリバリーを始めたんだよね。
冨田|DoorDashみたいなことを当時立ち上げたんですね。
Vincent |残念ながら約1年後、法的な理由でサービスをクローズしなければならなくなったんだけど、無知だからできた大胆な経験と失敗だね。
その後アクセンチュアでアナリストをやった後に、自分の中のアートな方向性をもっと探求したいと思ってハリウッドに移ったんだ。そこで有名な映画監督のマイケル・マンの下でジェイミー・フォックスやコリン・ファレルとも仕事をしたり、彼が手がける映画のリサーチアシスタントとして本物の麻薬売人やFBI捜査官をブッキングしたり。これが私のキャリアの中で2番目に大きな学びだった。
ハリウッドレベルの監督は日々の要求がとても厳しくてね。彼や業界のカルチャーは結構激しくて、物を投げたり、突然全員を解雇したり、怒鳴りつけるのは日常茶飯事だった。ただ、良い面としては「不可能なことをするよう強いられる」こと。大切はのは「本当にそれをやりたいのか」かということ。十分の時間とコストがあれば不可能は無い。やれば何でもできるというメンタリティがこの時鍛えられたね。
その後スマートニュースでクレイジーなことをしようとする時も、怖いものがなくなったよ(笑)
冨田|スマニュー時代にアメリカ中をロードトリップしてますが、この時の経験が生きているんですね。
Vincent |アメリカ全土は本当に広いから、カルチャーの多様性やニュースの消費実態を体感するためにね。
カルチャーという観点だと私には日本人、中国人、韓国人、そしてハワイ(アメリカ)のミックスした血が流れてる。小さい頃は毎年日本に行っていたし、Daso Systemsに在籍していたころは日本の某大手企業担当として日本に何度も出張を経験しているよ。
私はシリコンバレーで育ったし、オフィスではどこにでも卓球台とスナック菓子があるのが普通、みんなTシャツを着て仕事している。一方で、日本は常にフォーマル。襟のシャツ、スーツで仕事をする。サンフランシスコではフリーなコーヒーが当たり前だけど、日本では自分で払うみたいな違いを体感したね。
だから私は昔からカルチャーに対する向き合い方を学んできたんだ。例えば、カルチャーの多様性に出会った時、大切なのはまず「観察」すること。白か黒かという厳格な考え方を持つ代わりに、まずは心を開いて、目を開いて「観察する」ことに時間を費やす必要がある。 観察したものを、すぐに良いか悪いか判断すべきではないんだ。自分ですぐに決めつけず、色々な意見を聞いて結論を急がない。なぜなら、本物のカルチャーというのは常に中間にある。誰かの何かを100%実現するのは常に難しいから、中間のバランスを見出す大切ことが大切。生い立ちやキャリアで、これは叩き込まれた気がするね。
フィルターバブルを打ち破る革新的なアプリとの出会い
冨田|その後のスマートニュースとの出会いや、入社の経緯を教えてもらえますか?
Vincent |2014年のことだね。
初めてケンとカイセイ(共同創業者の鈴木健、並びに浜本階生)と会った時、ただのパーソナライズニュースアプリだったら興味がなかった。だから率直に彼らにそのことを伝えたんだ。パーソナライズだとソーシャルメディアと同じようにやがて飽きられるだろうって。実は彼らは一度その方向性で失敗しているんだよね。だからその逆をやりたいんだと熱心に教えてくれた。当時はまだフィルターバブルという言葉はなかったけど、そのバブルを打ち破るディスカバー(発見)がある革新的なニュースアプリだと。
その日の夜、ソーシャルメディア疲れで様々なニュースから遠ざかっていた私は、気がついたら明け方までSmartNewsのUS版でニュースを読み漁っていたんだ。この体験で、ニュースに対する愛情や可能性が私の中で再燃したんだよね。
次のインタビューでどんなアルゴリズムなのかとにかく質問したんだ。データサイエンティストはいるのか、機械学習でどのように記事を分類しているのかとか。興奮が止められなかったよ。
冨田|それですんなり入社できたんですね?
Vincent |いや、最後にビックボスのインタビューが待っていた。リッチだよ。
当時のスマートニュースUSはデジタルガレージのオフィスに間借りする形でね。元々銀行だったこの建物の分厚い扉の先に、鋭い眼光の彼が待っていた。まず最初の質問が「あなたはこれだけたくさんの仕事を転々としている。どうやって信用したら良いか、教えてくれるか?」だからね(笑)
その後彼の元上司で、米国でレジェンド的なテクノロジージャーナリストのウォルト・モスバーグのポジティブなリファレンスもあって、最終インタビューに生き残って無事入社できたんだよね。
冨田|創業当時スマートニュースは、入社のハードルが高くて有名でしたからね。
カルチャーデザインに欠かせない「観察力」とは
冨田|2014年、まだごく少数だったUSメンバーは、当時からユニークな独自のカルチャーを築いていた印象があります。そこにVincentや当時のUSチームの明確な意思や意図はあったのでしょうか?それとも偶発的に出来上がっていたったのでしょうか?
Vincent |答えは50:50といったところだね。当時のUSメンバーと話したことは「ケンとカイセイが頻繁にこちらにいるわけではない。少なからずUSメンバーが毎日最高な気分でいられる空間を創ろう」ということ。
映画監督が従業員に怒鳴ったりするような環境じゃなくてね。毎日ワクワク訪れたくなる場所を。その観点で、まず自分等で出来ることは環境づくり、つまりオフィス作りだった。
冨田|でも当時のバジェット(予算)はかなり少なかったはずですよね?
Vincent |その通りで、予算のほとんどは賃料やインターネットなどのライフライン環境、床の修理で費やしてしまったからね。だから、それ以外はUSのメンバーでDIYすることに決めたんだ。メンバーの庭にあった木材を使ったり、ヴィンテージの家具はサンフランシスコ内で拾い集めたものだったりね。
カルチャーという観点で何よりも気をつけたのは日本のカルチャーとのミックスだ。日米間の社員の往来や交流が重要なテーマだったから、日本のオフィスと同様に「シューズオフ(靴脱ぎ)」エリアを作ったり、コタツテーブルを置いたり、当時アメリカでは珍しかったTOTOのウォシュレットを配備したりね。
最も重要だと考えていたことは、インテリアデザイン会社に発注することは簡単だけど、彼らが考えるのは「素晴らしいデザイン」のことで、その会社の各部門やカカルチャーに関してじっくり観察して投資することは無理なんだ。だから、DIYでやることに意味あった。私は大学時代に「ヒューマンファクターズ」つまり人間中心にシステムをデザインすることの重要さを叩き込まれたんだ。そのために重要なのは何よりも「観察」なんだよね。
スマートニュースに入社して初めて日本のオフィスに訪問した時、とにかく「じっくり観察」しようと決めていたんだ。シューズオフエリアに座って、メモを取りながら日本のメンバーが日本のオフィスでどように働いているかをね。エンジニアはリラックスできるシューズオフエリアや、一人で集中できるブースにいることが多かった。逆に営業やビジネスのメンバーは自分のデスクが多かったり。
だからサンフランシスコのオフィスでもエンジニアのために靴を脱いでリラックスしたり、静かに集中できるエリアを作ったんだ。ビジネスエリアよりも少し暗くしたりしてね。
ダイバーシティと依正不二(えしょうふに)の思想
冨田|USチームの立ち上げ時に、他にカルチャー観点で工夫したことはありますか?
Vincent|初の女性社員が入ってきた時はとても丁寧にケアしたよ。トイレやアメニティ、男女で体温が違うからブランケット用意したり。ダイバーシティへの配慮は欠かせないからね。
私の祖母は日本出身で、彼女が教えてくれた仏教の教えで「依正不二(えしょうふに)」というのがあってね。
環境と私たちの関係というのは、実は2つに分かれるものではなく1つなんだ。私たちは日々、環境から影響を受け、逆に環境に影響を与えてる。だから日々働く空間というのはとても大切で、オフィスへの投資は日々の思考や行動、つまりカルチャーに密接に関わってくる。
また、ダイバーシティに対して私やチームがどう振る舞うか、これが逆に環境全体、カルチャーに大きな影響を与えるってことだね。そんな観点から、チームメンバー自身が持っているカルチャー、経営陣が持っているカルチャーはもちろん、環境が働きかけるカルチャーというものは過小評価されているけど大切だと実感している。
シリコンバレーで際立った日本企業の知的好奇心と忍耐強さ
冨田|当時多くのサンフランシスコのテックスタートアップと比較して、日本発のスマートニュースは「企業文化」の観点でどんな特徴がありましたか?
Vincent |約10年前はモバイルアプリが次々と大型資金調達をするピークだった。ニュースアプリの領域で有名だったのは例えば「Flipboard」だね。あらゆるデザイン賞を総なめにしたエレガントなユーザー体験は、まさにハワイのビーチでハンモックにゆられながらiPadをめくるようなものだったよね。カリフォルニアやニューヨークでは多くの人がそんなイメージに惹かれたんだ。
一方で「SmartNews」は真逆だった。余白の多いFlipboardとは違い圧倒的な情報量と余白の少なさ。それは日本人の生活スタイルやスマートフォンでニュースを読むシーンに根ざしていたんだ。日本人はギュウギュウの満員電車で片手でスマートフォンをもちながらざっと流し読みがしたいんだと。そんな国の文化の違いが、プロダクトや会社のカルチャーにも反映されていたよね。
さらにUS版を成功させるためには、そんなカルチャーのギャップを体感しないといけないという気概で、先程の触れたアメリカ全土へロードトリップも敢行した。カリフォルニアやニューヨークがアメリカの全てではないからね。ケンやメルカリのCEOも連れてアメリカを横断してカルチャーの多様性を体感しに行ったんだよ。
私が日本企業のスマートニュースに感銘を受けたことがあるとすれば、それは思い込みを捨てて、誰もがユーザーに触れて「学習」する意欲があること。ユーザーから学ぶ謙虚さと知的好奇心のバランスだね。特に初期のころはオフィスでユーザーを招いてユーザーテストを頻繁にやっていたよね。USでも同様だった。
一方、シリコンバレーでは非常に多くの優れたデータにアクセスできるから、そういったユーザードリブンな開発は少しずつ稀になってきている。むしろ圧倒的なデータドリブンだね。スマートニュースは出会った頃からデータだけでなくユーザーとも対話をする。ユーザーを観察してインサイトを掴む。それをサービスの改善に反映させていく。これは素晴らしい日本の文化、スマートニュースの文化だと思ったよ。
(創業期のスマートニュースカルチャーの断片はこちらのnoteを参照)
冨田|日々日本で暮らして、日本人だけと仕事をしていると、そんな「日本的カルチャー」の良さみたいのに気づく事って難しんですよね。同質な空間だけにいると、メタ認知できない。国を超えて、文化を超えて一緒に働く「ダイバーシティ」の本当の素晴らしさを私もスマニュー時代に初めて体感しました。
Vincent|日本人の素晴らしさは他にもあって、やはり皆んな礼儀正しくて忍耐強い。USチームはそんな日本カルチャーの素晴らしさに確実に良い影響を受けたと思うよ。
国という最大のカルチャーの違いをいかに乗り越えるか
冨田|私は残念ながら2017年にスマートニュースから離れてしまいました。その後VincentはHead of Cultureのポジションに就いていますね?その背景にはどんな期待値があって、どんなことを実際やっていたのでしょう?
Vincent|最近のシリコンバレーでは"Culture"的なタイトルってエンゲージメントの改善とか、内部コミュニケーションへの期待値だよね。でも、ケンが求めていたのはもっと本質的なことで。彼が会社の成長過程で一番恐れていたのは、私たちが小さかった頃のオリジナルのカルチャーが失われることだった。会社の成長によってスタッフの関心が給与やキャリアのことに移っていく。KPIの達成が最重視され、起業家精神を失ってしまう。そうはしたくないんだとね。
私たちを、常に「ミッション」に向かわせたかったんだ。「世界中の良質な情報を必要な人に送り届ける」というミッションに。ケンはCEOである前に学者であり哲学者だからね。このミッションに対する彼の洞察は常にもっと深いんだ。
実は「質の高い情報」の定義は毎年変わる。例えば2014年、情報が直面していたのは「フィルターバブル」だった。2016年にはアメリカで大統領選があり「フェイクニュース」と戦った。2020年は新型コロナウイルス感染症とさらに次の選挙があり「リアルタイムデータ」が大変重要になった。
一方で「Black Lives Matter」の抗議活動やカリフォルニアの山火事、日本では地震や災害情報、新型コロナウイルスの予防接種はどこで受けられるか…。今ではそんなリアルタイム情報、ハイパーローカルニュースが高いレベルでもとめられている。さらに今一番ホットな「AI」が大きくニュースのあり方を変えるよね。そんな時代の中で、全員が「ミッションに向かう」必要があるんだよ。
コロナ禍、リモートワークの拡大でそういったカルチャーの醸成や維持というのが最重要課題だった。部門間の壁を取っ払う取り組みはベースラインとして重要で、全スタッフが参加するオールハンズMTGはもちろん、各部門が何を行っているのかを定期的に発表しあうセッション「WWD」を実施したり。これはシリコンバレーでは結構一般的なフォーマットだったりするんだよね。
横断的な取り組みは大変だったけど有意義だった。頭では理解できてても、実際に「スタッフを巻き込む」というのが本当に重要でね。Slackのボットや感謝にポイントを与えるようなツールを導入する事自体は簡単だけど、みんなツールに頼りすぎてるんだと思う。大切なのは経営陣のカルチャーとスタッフのカルチャーの交差点を作ること。部門間のカルチャーとの接点を作る事だから。
冨田|組織が拡大すれば、営業やエンジニアなど独自のサブカルチャー同士を持つチームが「分断」してしまうのは世の常というか。部門間ですら一つのカルチャーを維持するのが大変なのに、国というカルチャーが横断する組織、物理的に離れている組織のカルチャーをデザインするのはやはり大変でしたか?
Vincent|一つのトピックに対する温度差が国によって違ったりすると難しいよね。一つ例を挙げると「Black Lives Matter」は米国では非常なトピックだった。
ただ、日本ではなぜそれがそれほど重要なのかを説明するのが本当に困難だった。そこでダイバーシティプログラムを予算化したり、個人の目標(OKR)に落とし込めるようにしたり、グローバルでのワークショップなどの取り組みを模索したよ。
一口に「ダイバーシティー(多様性)」と言っても、僕らが認識している定義や包摂する領域は幅広い。ジェンダーは一つの切り口でしかないし、文化や職種による待遇の違いまであらゆるものを含むんだ。日本では場合によっては「性別」ぐらいしかバイバーシティーとして認識されないことがある。全社横断で共有認識を持つ難しさを実感したね。
冨田|本当に重要ですね。私の今回のインタビューシリーズも「企業文化」というものに対する視点のダイバーシティーを、性別、国籍、役職などあらゆる視点を包摂して噛み砕いていこうと思っています。
カルチャーが戦略を食う。
Vincet|カルチャーという視点で重要なのは、繰り返しだけど「既存の文化」をありのままにまず観察する必要があるということ。そして直ぐには判断しないこと。そして判断しても、それは「良いか悪いか」ではないんだ。
なんて言ったらいいかな、カルチャーって中間にあるんだよ。本物のカルチャーには、そのカルチャーの中にいる人々が毎日行なっている習慣がある。誰について話して、何が好きで、何に不満を持つのか。どのように仕事をして、どんなミッションを抱き、リーダーシップを発揮しているのかとね。色々な人々の行動や発言のカルチャーが織りなす状況をしっかり観察して、その中間にある本物のカルチャーを見出すこと。これが何より重要だと思う。
そして、カルチャーをデザインする人間は、両方にあるストーリーを学んで理解した上で、バランスをとる必要があるんだ。これはすごく時間がかかることだね。まるで船のようでさ。 タイタニック号を操縦しいたら、あまりにも早く舵を切ると、ひっくり返ったり、間違った方向に進んだりする可能性があるんだ。だから向かう方向が本当に合っているのか、進路変更は正しかったのか、しっかり時間をかけて確認する必要がある。一方で、スタートアップのハンドリングは時間との勝負。この時間軸と方向軸のバランスもすごく重要だね。
冨田|カルチャーのハンドリングって本当に難しいですよね。そんな難易度の高い「企業文化」はなぜ重要だと思いますか?
Vincent|日本人が大好きなピーター・ドラッカーの有名な言葉があるよね。
世界で最高の計画、最高のOKR、最高の目標を持っていたとしても、その会社の組織として実行できなければ意味がないというのは、本当にその通りだと思う。車で言えば、タイヤと路面が設置する点がまさにカルチャーなんだ。地面に設置することによって、車の想定していたスペックが現実になるんだよ。
カルチャーがもう一つ重要な理由として、企業の成長によってカルチャーは簡単に壊れてしまうもの。だから逆に重要性がわかる。カルチャーを放っておくと、成長過程で経営と現場のカルチャーは絶対に分断されていく。この二つの側面が頻繁に接点を持たなければならないんだ。だからあらゆる計画やOKRを設計するときは、目標と数字だけでなく、自社のカルチャー、チームの動きに本当に適応するのか、この視点が重要になる。
昔のスマートニュースのOKRには、最後の項目に「スマートニュースのミッションを体現したエピソードを書いてください」というものがあったの覚えているよね?当時忙しくて「なぜこれを書く必要があるんだい」って思った時もあったけど、今なら間違いなく言える。スタッフがミッションと共に生きることは本当に重要だ。
冨田|これが最後の質問です。連続インタビューシリーズでの共通の質問ですが、あなたにとって「企業文化」とはあらためて何ですか?
Vincent|先程触れたように、私は多様な文化的背景で育っている。私の育った学区は黒人とラテン系アメリカ人が住む地域だったしね。 このように特にアメリカは多文化の国だけど、そもそも企業のカルチャーも多文化なんだ。
エンジニアリングと営業のカルチャー。年齢によるカルチャー。現場と管理職と経営陣とインターンのカルチャー。多くの「企業文化」について書かれた本も1つのミッションについて書いているけど、そもそもカルチャーって多層的であり、複雑に交錯しているもの。だから、そいうったカルチャーの重なりからいかに共通する部分を見出すか。それが自社の戦略と同じ方向性で強め合えるか。
つまり、企業文化はものすごく複雑なギアの噛み合わせで成り立っているもの。それが私の「企業文化」への理解だね。だからじっくり観察してデザインすべきもの。それが、企業のカルチャーさ。
編集後記|観察と腕力とカルチャーデザイン。
ダイバーシティ(多様性)という言葉に代表されるアメリカの多文化環境。そのど真ん中で生まれ育ち、あらゆるキャリアでダイバーシティ&デザインを体感・実践してきたVincentから見るカルチャーデザインの視野の広さに、背筋が伸びたインタビューでした。
他人を知ることは、結果己を知ること。多文化に触れることは、否が応でも自らの文化を突きつけられることになる。そんな「認知」の上に必要なのは拙速な「判断」ではなく「観察」なんですね。部門間で異なる文化。経営と現場で異なる文化。人種や言語によって異なる文化…。あらゆるものさしでグラデーションを織りなす「企業文化」をどのように認知し、どのように着地させるのか。事業戦略との整合性も加味しながら、自社の文化のスイートスポットを探しにいく過程がまさに「カルチャーデザイン」のど真ん中。
そんなデザインの力と、実際に経営と現場を巻き込んでいく「腕力」を持ち合わせて会社組織に寄り添って行く。中長期であるべき自社の姿を追求し続けるカルチャーデザインという営みの、尊さと難易度の高さを実感しました。
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