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子どもたちのこころの発達には、微生物が欠かせない

「脳腸相関」という言葉が市民権を得てから久しい。

マイクロバイオームの分野では、それは「脳腸内細菌相関」として研究されている。
腸内細菌と脳は、たがいに通信し合っているらしい。

そして幼少期の通信は、子どもたちの脳やこころの発達に大きく影響することがわかってきた。

※本記事は「腸内細菌は何歳までに決まる? 赤ちゃんから子どもへの成長とともに歩む菌たちのこと」シリーズの一部です。
別のシリーズ「全プレママ&パパに届けたい、妊娠・出産とマイクロバイオーム全まとめ(腸内細菌、膣細菌を中心に)」と併せて読むことを推奨します。


・本文中のカッコ付き番号は、記事下部の参考文献の番号を表しています。
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脳と腸はどんなふうにつながっている?

脳は、外から物質を届けにくい臓器の一つだ。

その理由は「血液脳関門(blood-brain barrier, BBB)」と呼ばれる扉が脳の前にあり、血液から流れてくる分子をせき止めているから。
そのおかげで、脳はさまざまな有害物質にさらされる危険から守られている。

実はその関門の働きに、腸内細菌が大きく関わっていることがわかってきている。

2015年、スウェーデンの研究者たちが無菌マウスと通常の腸内細菌を持つマウスのあいだで、BBBの透過性に違いがあることを発見した(1)。

彼らの研究によれば、無菌マウスでは関門の透過性が上がり、脳の中に血液中の分子が多く入り込んでしまう状態にあった。この状態は、無菌マウスに通常の腸内細菌を移植してやることで改善した。
これらの発見は、腸内細菌がBBBの防御力に貢献していることを示している。

近年、自閉スペクトラム症やうつ病など脳が関連する精神障害と腸内細菌の関連が指摘されているが、その理由はBBBを有毒物質が通過してしまうことによる可能性もある。
そのほか、血液を介さず腸と中枢神経が直接電気信号をやり取りする腸管神経系の働きにも、腸内細菌は大いに関与している。

まだまだ未解明な部分が多いこの分野だが、脳や神経が急速に発達する胎児期、乳幼児期において、腸内細菌の存在がどれほど大きな役割を果たすのか。想像に難くない。

胎児のときから細菌と神経は関連している

妊娠中の母親の腸内細菌の多様性や食物繊維摂取量と、子どもの発達障害の発症率の相関を示す研究も出てきている。

マイクロバイオームに関する研究ではないが、2023年7月に発表された山梨大学のエコチル調査甲信ユニットセンター(山縣然太朗氏ら)による研究発表(2)が非常に有意義なので紹介したい。(こちらの記事を再掲)(日本語版要約はこちら

「妊娠中の母親の食物繊維摂取と3歳時の発達との関連について」と題されたこの研究は、環境省の「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」に参加している約7万6千組の母子を対象にしている。

その結果、妊娠中の食物繊維摂取量が少ない母親から生まれた子どもは、多い母親の子どもと比べて3歳時のコミュニケーション能力、微細運動能力、問題解決能力、個人・社会能力において発達に遅れが出やすい傾向にあることが示された。

この結果には、腸内細菌を含めたマイクロバイオームの影響がかなり関係していると推測するのは難しくない。

腸は第二の脳

腸と脳が通信していることは古くから知られていて、腸は第二の脳と言われてきた。

その「腸」が腸内細菌によってマネジメントされているとしたら、腸内細菌にアプローチすることで脳の、つまり神経や精神の発達にアプローチできる可能性がある。

そのアプローチが、脳が発達する幼少期であるほうがいいことは明らかだ。

「キレる子ども」という表現はもう死語だろうか。
子どもたちの精神的な落ち着きのなさや不安定さは、核家族化や将来への不安、刺激の多いおもちゃなど社会的な要因ばかりが原因ではないのかもしれない。

現代的な生活の中で腸内細菌が乱され、その結果として現れているとしたらどうだろう。
増え続けている発達障害や精神神経系の疾患とマイクロバイオームの関係は、別の機会に紹介したい。

腸内細菌たちは、子どもたちの脳の、そしてこころの発達にどんな影響を与えているのだろうか。

細菌たちの存在を、あるいは不在を過度に怖がる必要はない。恐怖は「知らない」ことから生まれる感情だという。
そして、過度に期待しすぎる必要もない。

可能な範囲で、微生物たちと子どもたちが適切な関係を築いていけるよう、科学者たちは研究を進めている。

1. Braniste V, Al-Asmakh M, Kowal C, et al. The gut microbiota influences blood-brain barrier permeability in mice. Sci Transl Med. 2014;6(263):263ra158. doi:10.1126/scitranslmed.3009759
2. Miyake K, Horiuchi S, Shinohara R, et al. Maternal dietary fiber intake during pregnancy and child development: the Japan Environment and Children’s Study. Front Nutr. 2023;10:1203669. doi:10.3389/fnut.2023.1203669

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