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子どもたちの免疫力は微生物と一緒につくろう

免疫の練習中である子どもたちは、よく風邪をひく。
彼らはただ細菌やウイルスを排除する勉強をしているわけではない。病原菌には対抗しつつも、体の中で一緒に暮らしていく細菌たちを選ばなくてはならないのだ。

細菌たちをはじめとしたマイクロバイオームが、子どもたちの免疫形成の一端を担っていること。
そしてその両者は、相互に作用しながら共生への道を探っていること。

これらの事実を並べられて「ふんふん、なるほど」と納得できたら、あなたはすでにマイクロバイオームのことをかなりわかっているのだろう。

腸、マイクロバイオーム、そして免疫についてはテーマが壮大なので、ここでは特に幼少期の免疫形成に絞って話をしたい。

※本記事は「腸内細菌は何歳までに決まる? 赤ちゃんから子どもへの成長とともに歩む菌たちのこと」シリーズの一部です。
別のシリーズ「全プレママ&パパに届けたい、妊娠・出産とマイクロバイオーム全まとめ(腸内細菌、膣細菌を中心に)」と併せて読むことを推奨します。


・本文中のカッコ付き番号は、記事下部の参考文献の番号を表しています。
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免疫力はいつ生まれる?

赤ちゃんは、いつ免疫力を獲得しはじめるのだろう?

他の動物に比べて未熟で弱い状態で生まれてくるとはいえ、外界では、お母さんのお腹の中と違って病原体をはじめとしたあらゆる危険が赤ちゃんを待ち受けている。
できれば、お腹の中にいるうちから多少の免疫力はつけておきたいところだ。

ただし、胎児期の発達状態に関しては、倫理上の問題から実際にヒトの赤ちゃんを観察することが難しく、研究でわかっていることは少ない。
マウスでは、出生前の腸の組織そのものの発達状態がヒトと違う(1)ことなどから、マウス実験だけでヒトの免疫形成についてわかることにも限りがある。

こういった限られた研究の中でも、わかっていることがいくつかある。

まず予備知識として、ほとんどの生きものは受精後まもない頃に(ヒトでは3週間目くらい)「原腸陥入」という現象が起こる。
言葉が紛らわしいのだけれど、これがそのまま腸になるわけではなく、体のそれぞれの部位に分かれていく細胞がなんとなく決まるのだ。

そしてだんだん体のいろいろな部位が作られていくのだけれど、ヒトの場合は、複雑な大腸の細胞組織はほぼ出生前に完成している。

また、免疫の働きを担う免疫細胞も、未熟ではあるが8週目くらいから確認できるようになる。
生まれた直後からさまざまな病原体にさらされるリスクがあるため、生まれる前に免疫の戦闘準備ができていることは不思議なことではない。

それに加えて、へその緒を通して母親の抗体(B細胞という免疫細胞が出してくれる免疫武器)ももらっている(2)。
「生後しばらくはお母さんからもらった免疫力があるから大丈夫」というのは、そういうことなのだ。

お腹の中にいる頃、赤ちゃんは病原体も常在細菌も含めて、マイクロバイオームとまったく(あるいはほとんど)出会わない。
だから、赤ちゃんの免疫システムは「教科書で知識は勉強したけれど、まだ実践で使ったことはない」という状態にある。

赤ちゃんは世界に寛容な状態で生まれてくる

お腹の中で未熟ながらも戦闘態勢を整えた赤ちゃんは、出会う異物に対してどれほど攻撃力を持っているのだろう?

Treg(なだめ役の免疫細胞)

意外かもしれないが、生後すぐの赤ちゃんのリンパ節には、Tregという免疫のなだめ役をしてくれる細胞がとてもたくさん詰まっている(1)。
Tregは免疫力を下げるわけではなく、免疫力の暴走をなだめてくれる細胞たちだ。

Tregたちのおかげで、赤ちゃんはまだ未熟な免疫システムが自分自身を攻撃してしまうのを防ぎ、外界の無害な微生物や異物に対して過剰に反応しなくて済むのだ。

抗体(免疫細胞の武器)

免疫システムの中に抗体という成分があるのを、多くの人がご存知だろう。

抗体(Immunoglobulin=Ig)は、免疫細胞の出す武器のようなもので、細胞そのものと違って他人に受け渡しができるらしい。
その証拠に、胎盤や母乳には抗体がたくさん含まれている。

免疫力が未熟な赤ちゃんは、免疫システムが過剰反応しないようにTregによって免疫寛容状態を作りつつも、母親からもらう抗体で病原体に対処しているのだと考えられている。

抗体には、IgG、IgM、IgA、IgE、IgDがあるが、胎盤や母乳にはIgGが多く、特に初乳にはIgAが多く含まれ、母乳育児のメリットとしても強調されている。

IgAのとても重要な役割

IgAは、生後間もない赤ちゃんは自分で作ることができない。
このIgAという抗体は、赤ちゃんのマイクロバイオーム形成にとても重要な役割を果たすようだ。

IgAは腸でいちばん多く見られる抗体だ。
ほかの抗体と違って、異物に対する攻撃力が低い。

もちろん病原体に結合してやんわりと退場していただくような機能はあるのだけれど、むしろ腸から「どんな菌を出て行かせないか」という方向に働く。
さらに一部のバクテロイデス属の細菌に対しては、その定着を促進する方向に働くことさえある(3)。

また、母乳IgAは分娩時に赤ちゃんに受け渡した細菌や、母乳に含まれる細菌を選択的に赤ちゃんの腸に定着させる働きがある可能性もある。

さらに母乳由来の抗体は、赤ちゃんの免疫細胞の働きも調節しているらしい。
IgA、すごい。

戦闘と平和(寛容)の着地点が決まる時期

この世に生まれた赤ちゃんは、文字通り急速に成長していく。
母親からもらう抗体という後ろ盾を使いながら、どんなものは排除し、どんなものは受け入れるのかを免疫システムが学んでいく。

このとき、赤ちゃんはできるだけ早いうちに、できるだけたくさんの「実地訓練」を積むことが肝要らしい。
つまり、免疫システムが柔軟で、かつ守られている状態のうちに、多くの異物に出会うことが理想的ということだ。

旧友仮説

実は、感染症で命を落とすことが減った現代において、細菌を含む異物と出会う機会までが減ってしまっていることがさまざまな免疫疾患を引き起こしているとする学説がある。

この概念は提唱当時「衛生仮説」と呼ばれ、公衆衛生の発達などによる清潔すぎる環境が免疫システムの暴走を引き起こしているとされていた。

今では少し発展を遂げ、本来共生するはずだった有益な/害のない微生物たちと出会う機会が減ってしまったことで適切な免疫形成ができなくなったという「旧友仮説」になっている。

この旧友仮説は、子どもたちに急激に増えたアレルギー、喘息、その他の自己免疫疾患を説明するもっとも有力な説になっている。

旧友はいつまでに出会うべき?

では、子どもたちはいつまでに適切な微生物に出会うべきなのだろう?

ワシントン大学のKnoopらの研究チームの行ったマウス実験によると、異物への免疫寛容にもっとも重要な期間は離乳前の一時期にある(4)。

腸内細菌の出す物質に出会う機会をブロックされたマウスは、その後で細菌やその代謝物質と出会っても、Tregを含む免疫寛容システムがうまく形成されなかった。
離乳前は母乳由来の抗体に守られているので、免疫システムの門戸を広げやすいのだろう。

さらには、腸内細菌の一部はIgAの産生を促して、自分たちが腸に棲む許可をもらっているようなのだ。
IgAが腸内細菌を受け入れ、腸内細菌はさらにIgAを増やす。両者は非常に複雑な方法で相互に関連している。

親である私たちにできること

では、子どもたちが、あるいは子どもを持つ親ができることはなんだろう?

できれば栄養たっぷりの母乳で育てること、あまり身の回りを殺菌しすぎないこと、早いうちから公園や動物のいる場所でたくさん遊ばせること、指しゃぶりや爪噛みをやっきになって禁止しないこと。
そういったことが実際に子どもたちのためになることが、科学的に実証され始めている(5)。

離乳が完了しているからといって悲観する必要はない。
子どもの腸内細菌は、3歳〜5歳くらいまではまだまだ不安定だ。

タブレットを与える回数を減らし、大人も一緒に外で遊ぼう。
ありきたりで説教臭いかもしれないけれど、子どもが外でどれだけ素晴らしい冒険家になれるか、ぜひじっくり見守ってほしい。

筆者も、いつも2歳の娘に「外の楽しみ方」を教わっている。

↓この本もおすすめ。
「きたない子育て」はいいことだらけ! ―丈夫で賢い子どもを育てる腸内細菌教室

1. Torow N, Hornef MW. The Neonatal Window of Opportunity: Setting the Stage for Life-Long Host-Microbial Interaction and Immune Homeostasis. J Immunol. 2017;198(2):557-563. doi:10.4049/jimmunol.1601253
2. Macpherson AJ, de Agüero MG, Ganal-Vonarburg SC. How nutrition and the maternal microbiota shape the neonatal immune system. Nat Rev Immunol. 2017;17(8):508-517. doi:10.1038/nri.2017.58
3. 直志竹内, 博司大野. 腸内細菌と免疫グロブリンa. 腸内細菌学雑誌. 2022;36(4):189-198. doi:10.11209/jim.36.189
4. Knoop KA, Gustafsson JK, McDonald KG, et al. Microbial Antigen Encounter During a Pre-weaning Interval is Critical for Tolerance to Gut Bacteria. Sci Immunol. 2017;2(18):eaao1314. doi:10.1126/sciimmunol.aao1314
5. Lynch SJ, Sears MR, Hancox RJ. Thumb-Sucking, Nail-Biting, and Atopic Sensitization, Asthma, and Hay Fever. Pediatrics. 2016;138(2):e20160443. doi:10.1542/peds.2016-0443

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