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シドニー交響楽団のシーズンオープニングコンサートに行ってきた

2024年2月28日、シドニー交響楽団の2024年シーズンオープニングコンサートに行ってきた。メインはマーラーの第5交響曲という、なかなか派手というか、オープニングに相応しい選曲で、指揮はもちろん首席指揮者のシモーン・ヤング。
彼女はこの手のドイツ・オーストラリア後期ロマン派が得意なので、まあ納得というか。

マーラーの5番は、もう何度もコンサートで聴いたことがあるので、まあ別に行かなくてもいいかな…と思っていたのだが、

1.コンサートの日に用事がなかった
2.オペラハウスが家からほど近い(バスで15分ほど)
3.オープニング・ナイト
4.マーラー好きだもんなあ…。
5.シモーン・ヤングさんなら名演間違いなし

という条件が重なり、また昨今はチケット代もままならず、ちょっとしたいい席ならA$100を越えてしまうのだが、ステージ後ろの、指揮者と対面する席ならA$30ほどで買えるという事が分かり、ならば行ってみっか、となったのだ。

オペラハウスに向かう道は、いつもワクワクする。この景色だもんね…。

ロビーバーで泡を買い、バルコニーで外の空気に触れながら一杯。これもオペラハウスのいいところ。

ロビーでは、プレコンサートトークも開かれていて、今晩は、前プロの作曲家のトークだった。

ここではあまり触れないけど、このCamille Pepinという作曲家のヴァイオリン協奏曲は、なんやら難しい現代音楽…では全くなくて、とてもスッと身体に音楽が染み込むような印象でとても良かった。CDを買ってもいいかな…と思ったくらい(売ってるのかな?)。

ついこの間、シドニーオペラハウス建築にまつわるノンフィクションを読んだので、余計にこの建物に対する興味というか、印象が強くなったので写真をいくつか撮る。いやはや本当に常識を覆すような建物だ。

さて、休憩を挟んでのメインである。

静まったコンサートホールに、トランペットのソロが鳴る。
不吉な行き先を暗示するような痛切なメロディー。

一閃、全オーケストラが動き出し、シンフォニーの幕が切って落とされる。ああ、これだよこれ、このナマの音が皮膚に突き刺さる感覚、これぞオーケストラをナマで聞く醍醐味。

この曲、なんせマーラーだから、思い入れたっぷりにエモーショナルに演奏するのも可能で、それこそこの間映画になった、バーンスタインのように。今回の演奏は、そういう解釈ではなく、意外と淡々と音楽が進んでいく。

かといってドライかというとそうでもなく、冷静に音楽を作ることで余計にマーラーの音楽が純粋に浮き彫りになって、音楽が言いたいことが良く聞こえるという印象を受けた。

陰鬱で、時折叫びを上げつつも基本的には足を引きずる印象の第1楽章が終わると、悲劇、悲痛、痛切…といった、感情のローラーコースターとでも言えそうな第2楽章。オーケストラも好調だ。

ここで気づいたのだけど、音響いいではないの。

2020年頃から、このコンサートホールはかなり大掛かりな改修工事を施され、音響がかなり良くなったのは実際にコンサートに何回か行ったので分かっていたが、今回はオーケストラの後ろ。

改装前にもこのセクションで聴いたことはあったが、金管楽器ばかり聞こえて弦や木管がよく聞こえなかった記憶があるので、今回も音響的にはあまり多くは望めないなあ…と思っていた。

ところが、弦や木管もちゃんと聞こえてくるではないか。フレンチホルンのベルがこちらを向いているので、ちょっと音が生々しく聞こえて来てしまうのが気になるかもしれないが、僕は昔ラッパを吹いていた関係上、全然気にならないし、かえってよく聞こえてカッコええ~!と思うので、アレ?今後はこのセクションで聴こうかな…とまで思ってしまった。指揮者の顔も見えるのも利点だと思う。

この写真だと分かりにくいけど、改修後は壁の木のパネルが波打つように加工されていて、これが効果的なのだろうか。

つかの間の遊び、という趣の第3楽章ではホルンが大活躍する。さっきも書いたようにホルンの生の音が聞こえてしまうが、いや僕としては大歓迎です。でも静かな場面では弦のピチカートもきちんと響いている。

景気よくこの楽章が終わり、また静まったホールから、弦合奏が少しずつ響き始め、そこにハープが絡む。

ああ、あの「アダージェット」だ。

世の中には、この世のものとも思えない美しい曲はたくさんある。ブルックナーのアダージョとか、ベートーヴェンの第9の3楽章とか、他にも色々。

でも、このアダージェットは、そのどれもと違う。なんといえばいいのか、とても愛おしいのだ。

陶酔的な美しさはあるのだが、それは少しでも力を加えたら壊れてしまうガラスのように儚い。または、形あるものいつかは滅する…というような切なさ、というか。押しては引く波のように、旋律が大きくなり、小さくなる。

いつまでも続いてほしい…と思わせながらも、この楽章は静まって終わってしまう。

そして音楽は、また人間世界に戻り、この世は悲しくてつらくて大変だけど、まだまだ希望は持てるんだよ…と語りかけるかのような曲調になり、複雑になっていく。

ここで面白いのは、途中で何度か、先程の「アダージェット」のテーマが出てくるのだが、今では明るく楽しげなリズムとテンポで奏でられるので、うっかりしているとその関連を聞き逃してしまいそうだ。

指揮者はここで少しテンポを落としたのは、その関係性を目立たせようとしていたのだろうか?

めくるめくような終結部を経て、圧倒的なサウンドで曲は閉じられた。

もちろん、観客は大歓喜で、指揮者、オーケストラともども素敵な表情をしていた。

聴く方も、なにやらフルマラソンを走り終えた後のような適度な疲労感、達成感を感じつつオペラハウスを後にした。

さて、次はどのコンサートに行こうかな?

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