秋空のシドニーを走った
4月のはじめのある朝、洗濯物を干しにアパートの屋上に上がると、すかんとした空が広がっていた。
これは、絶好のランニング日和ではないか。どっか景色のいいところを長い距離走ろうと、いそいそと準備をした。
ランニング用のバックパックに、ちょっとしたスナックと水、着替えを入れて、さてどこに行こうか。
…と書いたが、僕の場合走るのに景色のいいところ、と言えば大体決まっている。
家からずっと東に向けて走り、シドニー湾の入り口に当たるサウス・ヘッドに行くルートだ。途中はハイキングコースになっていて、トレイルランにもなる。これで決まりでしょ。
家からしばらくは幹線道路を走るが、4キロほど走ると海沿いの道を走るようになる。
この日は祝日だったので、海に面したカフェは行列まで出来てにぎわっている。
海からはほんのりと潮の香りが吹き寄せてきた。
ローズベイは、大きな湾になっていて、観光用の水上飛行機が何機か泊まっていた。そのうちの一機が、エンジンを噴かせてゆるゆると動き始めた。
あ、離陸するのだなと思い、走るのをやめて見物。
水上飛行機は、こんなにゆっくりの速度でちゃんと離陸できるのかな、とこちらが不安になってしまうようなのんびりとした速度で海上を滑り、それでもちゃんとふわりと離陸して、空の向こうに飛んでいった。空の上から眺めるシドニーは絶景だろうな。
こちらも走るのを再開。しばらくするとハイキングコースに入る。ここも歩いている人が多いので、あまり邪魔にならないように気をつけながらもすり抜けて走る。
時々眺望がひらけ、シドニー湾が眼前に広がる。海のあちこちにはヨットやクルーズ船が浮かんでいて、その向こうにはシドニーの町並みが広がっている。
空には雲が刷毛のように浮かんでいて、雲の形や色を見るともう夏は終わったのだなあ…。
途中に小さなビーチがいくつかあり、やはり天気もいいので海水浴をしている人でぎっしりだ。そんな中を息を切らせて走るのはちょっと滑稽に見えるかもしれないが、まあいいや。
サウス・ヘッドの手前にはワトソンズ・ベイという小さな町がある。シティからフェリーも出ているので、ちょっとした遠足、ピクニック、海水浴…といったひとたちで、たいそうな人出だ。
有名なフィッシュアンドチップスのお店にはテイクアウェイの行列ができていたし、海の真ん前にあるパブからは陽気な音楽が流れている。
ここからも、街を遠望できる。どこまでもついて来るな、おぬし。
ここからサウス・ヘッドまではあともう少し。岬に向かって登り坂になっているのでちょっとしんどいが、それとともに眺めも良くなってくる。
サウス・ヘッドは、断崖絶壁の岬だ。はるか下を見るとちょっとくらっとするが、そこに太平洋の波が打ち付ける。外洋に向かう釣り船がそこを揺れながらすり抜けていく。
ここで小休止。持ってきたりんごにかぶりつく。果汁が喉に快い。
ここをぐるりと回り、またワトソンズ・ベイに戻る。
さて、ここからどうしよう。もと来た道を戻るのもつまらないし、バスに乗って帰るのも面倒だ。
いっそここから南下して、ボンダイビーチまで行ってみようと決めた。まあ、はじめから余力があればそうしようとは思っていたのだが。
ただ、ここから先はもっとアップダウンが激しい。しかも気温がどんどん上がってきていて、スマホをチェックすると27℃となっていた。うわ、もう夏は終わったとか言っていたのにこれかよ。
ちょっとへばってきたので、上り坂や階段は無理せず歩いてもいいや、という作戦にし、ゆるゆると走る。
このあたりは高級住宅地にもなっていて、たいそうな作りの大きな家が多い。古くからのどっしりとした家もあるし、超モダンなデザインの真新しい家もある。こんな家には縁なしだなあ、なんて思いつつ。
やっと眼下にボンダイビーチが見えてきた。ここまで来たらあとは下り坂なので楽勝だ。
ちょっとボンダイビーチをのぞいてみたら、沢山の人!まあ、連休中の素晴らしい天気ともあれば、そうなるよね。
楽しげな声がごちゃごちゃに混ざりあい、うわ~っとした音となってビーチに漂っている。海水浴ができるような日は間違いなくだんだん減っていくので、みなこの日がラストチャンス!みたいな気持ちで来ているのかな。
さすがにもうこのあたりで力尽きたので、ここからバスに乗って家に帰ることにした。
都合22キロ。後半はヘタってしまったけど、気持ちのいい空の下を走れるのだから、何を文句を言うことがあろうか。たとえ明日筋肉痛になろうとも…。