ホテルを独り占めする男の独白
ロックダウン８週間目のシドニー。っていうか、もう時間の感覚がマヒしているので、何週間目かなど実感ないぜ。
一応現在行われているロックダウンは８月２８日までということになっているのだが、感染者数は減るどころか増えているので、こりゃあまず延長だわ。もうこれはさ、年末までに進展があればラッキーと思わなきゃ。
９月いっぱいまで延長、と正式に通達されました！
さて、今晩も仕事に行かなくっちゃ。ちなみに、オレはホテルの夜勤係だ。
なんかな～、オレのホテル、一応営業はしているんだけど、もう閉めたほうがいいんじゃないかな、ホント。
だいたい、ロックダウンやってるから泊まる人がいないわけよ。
まず、豪州の国境は原則閉じているから、海外から旅行客はいない。そして、うちの州は感染増大で他の州から総スカンを喰らい、渡航禁止先になっているので、他の州からもだれも来ない。
じゃあ同じ州、ステイケーション、週末の息抜き…それくらいはいいでしょ？と思うかもしらんけど、これもダメなんだよね。バレたら罰金くらいまっせ。実際、ちゃんと予約してホテルにやってきたお客さん、ホントは来ちゃいけないのが分かったので、お引取りいただいたもん。こっちだって問題に巻き込まれたくないもんなあ。
そんなに厳しいルールなら、誰が泊まるんじゃい！と聞きたいくらいだよね。実は、ほーんの少数だけど、ウチのホテルにロックダウン中でも泊まっている客はいるんよ。
例えば、街にある専門医にかかるために地方から来た、なんていう理由はオーケー。
それから、海外から戻ってきたオーストラリア人で、住む家がなかなか決まらないのでうちのホテルに何日か泊まった人もいた。
それから、アメリカに戻るんだけど、あいにくパスポートの期限が切れていたせいで、その発給を待つためシドニーで足踏みを喰らって何泊も泊まった人もいたなあ…貴重な収入源だったわ、あれは。
まあ、こんなキビシー決まりの中でも、どうしても旅をしなきゃいけない人っているんだなあ。人生いろいろだぜ。
ともあれ、出勤の時間だ。行ってくるか。
街も、ホント誰もいないよなあ。レストランやバーはもちろん閉まってるしさ、スーパーとコンビニくらいしか開いてない。
たまに夜間の道路工事なんかをやってる人がいるけど、それ以外は、いやホント静まり返っている。
あ、バスは律儀に走ってるんだ…でも当たり前だけど、ガラガラ！
夜景を楽しめる…っちゃあその通りなんだけどね…こうやって写真なんか撮っちゃってるしな、オレも。
でもこれ、核戦争かなんかがあって殆どの人類が死に絶えた中を、オレを含めた少人数の生き残りが空虚な街をウロウロ歩いている…なんて絵柄だよな。薄気味悪いなあ。
仕事場のホテルに着いたけど、とうとう今日の宿泊客はゼロ！
…ってことは、この館内、オレだけかよ。
こんなんじゃ、通常業務もあっという間に終わっちゃうし、その後の時間はどうするべ？
もちろん暇なら暇なりにやることはあるんだけど、こんなヒマな日が続いてるから、もうだいたいやるべきことはやってしまったんだよね。
まあしゃあないわ。誰もいないホテルに一人でいるのもちょっと気味が悪いけど、自分の好きな音楽をガンガンかけて、自分のリビングにいるような気持ちでくつろぐか…。
まあでも、ウチのホテルが新品のピカピカで良かったわ。オレは幽霊なんかは信じないけどさ、これが由緒ある古～い建物、しかも夜勤なので深夜に独りぽつんといる、というのはやっぱりおっかねえよな。
はあ、眠気ざましにジム行くか！もちろん本来なら従業員であるオレが客用のジムを使っちゃいけないんだけど、そもそもお客さんいないし。
それにしても、草木も眠る丑三つ時に、ランニングマシーンの上をどしどしと走っているやつなんて、この広いシドニーに何人いるのかね？
あとはメシ食って、夜が明けるのを待つだけか…あ、この文章も今ホテルのフロントデスクてぱたぱたとキーボードを打って作成してるんだけどさ。仕事中なのにケシカラン！なんて誰も言えないよね。
それにしても時間が経つのが…遅いねえ。もうメールも読んだし、めぼしい動画やSNSも見ちゃったし。
あ、空が少し明るくなってきた…。最近は夜が明けるのが早くなってきたね。もうじき冬も終わりだしなあ…これにはちょっと救われるよね。やっぱ、寒くて暗いのは、気が滅入るもん。
お！同僚がやってきた。やっと上がれる～。
え、引き継ぎ事項？んなもん、お客さんいないんだからないよぉ。
じゃあ、ヒマ過ぎて死なないように頑張ってね。See you later!
ああ、朝日がビルの隙間をぬって差し込んでいるのがきれいだな。こんなクソみたいな日々だけど、こうしてきちんと日が昇って沈んでいるうちは、なんかまだ大丈夫、って気がするね。
さて、家に帰ろう！Home, sweet home.