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世界で芋焼酎を作る国は日本だけ。

世界のサツマイモの8割は中国で生産されている。一方で、日本のシェアは、たったの1%という。しかし、世界で芋焼酎を作る国は日本だけ。世界標準でモノを考えると、サツマイモは酒の原料として適材ではないのであろう。それを裏打ちする条件はいくつかある。

例えば、サツマイモは、デンプン質が米の1/2.5しかないことから、生産効率がすこぶる悪い。収穫も秋に限られ、傷みやすい。蒸すと甘くなるので、微生物に汚染されやすい。他の穀類と比較して醪はドロドロになり、作業性も悪い。では、日本人はなぜこのような手間のかかる蒸留酒を造るのだろうか。

文化と言ってしまえばそれまでであり、島津斉彬の号令があったことも事実だけど。何よりも、薩摩人独特のの強い気概やクラフトマンシップがなければ、淘汰された酒だったかもしれない。聡明な彼らは、サツマイモを原材料とすること自体が、ハンディキャップであることは重々わかっていた。

しかしそれと同時に、彼らはその土地と風土を愛し、そこから生まれるサツマイモに対して強い誇りを抱いている。火山灰質という痩せた土地でも育ち、台風にも強い。九州という温暖な気候を好む。なら、その地域資源を活用して酒でも作ろうじゃないか、と。その逆境への対峙というのが出発点となり、綿々と醸造が伝えられてきたのでなかろうか。と、僕は酒飲みの都合勝手に想像する。 

そんな思いの中、この本と出会う。焼酎への興味もあったが、何よりも装丁に惹かれた。ビートルズのホワイトアルバムを彷彿させるシンプルで美しいデザイン。筆者は、鹿児島大学農学部教授だが、元は薩摩酒造の醸造技術者。

研究者に加え技術に裏打ちされたその構成は極めて濃密。経験豊富な視点から、焼酎の魅力を存分に伝えてくれる。そして、筆者は焼酎を心の底から愛しており、次世代へこの文化を伝えていきたいと真摯に考えている。こんな素晴らしい本を素通りしていたとは、何とも迂闊な話。

もちろん芋焼酎だけにはとどまらない。「履歴書」と言うだけあり、たくさんの焼酎、泡盛が登場する。出色だったのは、大分の麦焼酎「いいちこ」を醸す三和酒造社長の逸話で、焼酎の現在進行形をリアルに伝えてくれる。麦麹の難しさ、砂糖無添加・全麹の挑戦・・・麦焼酎の進化のスピードを止めないよう、積極的な技術革新を進めている。

日本酒への情熱も少し落ち着いてきたので、今度は焼酎のフィールドにも入ってみようと思う。焼酎を学ぶと九州の風土を学ぶことができる。日本酒と異なり、原材料が多彩な分、その多様性・独自性が際立つものがある。学びがいのあるジャンルだと思う。筆者が最後に綴っているのは、サツマイモは中南米原産、蒸留技術は中国から、黒麹は沖縄から伝わったという事実。

つまり、焼酎を構築するツールのほとんどが海を渡ってもたらされたものであるということ。そして、それが最終的に、日本を代表する蒸留酒に発展していく。焼酎に土着性と同時に一種の異国情緒を感じるのは、このような独特な歴史背景を持っているのも、理由の一つではなかろうか、と思ったりして。ということで、超おすすめの一冊。

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