初めて行ったクラブで峰不二子になった

こんにちは、紀尾井のいです。

前回、私は自分の文章の稚拙さに絶望し文章力向上を誓いました。

文章力向上のためにはいくつか方法がありますが、いろいろ調べる中で一番よく出てきた手法は「文章の模写」でした。


 やり方は簡単。良文・秀文を書き写すのみです。ポイントは2点あり、1点目は文体が偏らないように複数の作家の作品を使用する事。2点目は語彙や句読点、文のリズムなどをよく観察する事です。

 私が模写に選んだのはさくらももこ筆の「もものかんづめ」。

「もものかんづめ」はエッセー集で、ちびまるこちゃんでお馴染みのシニカルなユーモアで軽快にさくらももこの日常を描いた傑作です。私はこの本を中学生の時に古本屋で見つけて300円で購入して以来ずっと手元に置いています。

今日模写で学んだことは、以下の2点です。

① 文章は長くても2行以内。できれば1行にとどめる。
② 無駄な比喩や装飾は使わない

その他「ギャグシーンでは堅苦しい語彙を使うことでおかしみを出す」などの技巧はたくさんあったのですが……たった2P模写したくらいでさくらももこになれる訳はないので、上の2点だけに注力して練習エッセー「初めて行ったクラブで峰不二子になった」を書きました。

それではどうぞ!

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みなさんは「クラブ」に行ったことはあるだろうか。暗いダンスホールに壁が震えるほどの音楽が鳴り響き、若い男女がその中で踊り狂っているアレである。気になるけど怖い。行ったところで何をしたらいいのか分からない。私はクラブに対してそんなイメージを抱いていたが、2年前のある日、私はクラブへ行き、峰不二子としてクラブで踊り狂ってきた。今回はその時の経験を書いていく。

2年前の私は大学3年生で、就活もまだ本腰を入れるような時期ではなく、雑誌制作サークルの仲間と毎日をぼんやりと過ごしていた。次号では何を題材に取り上げようかと話していた時、「夜遊び」というワードが持ち上がった。私たちが所属するサークルはいわゆる「陰キャ」の集団で、大学生だというのにほとんど全員夜遊びをしたことがなかった。これはいけない。あと1年と少しで社会の荒波に放り出されるというのに今遊ばなくてどうするのか。「やるぞ、夜遊び!」と拳を掲げたのは陰キャだが妙にアクティブな私とフッ軽のO谷、どんな意見にも全肯定するおっしーの三名だった。選ばれし三名の勇者は初心者向けのクラブを調べ倒し、ついにある夏の夜に新宿のWARPに訪れたのである。

 WARPは東宝シネマズの目の前にある。午後11時も回り、わたしとO谷、おっしーは胸を高鳴らせながら怪しく光るWARPの入場ゲートへ向かった。見上げるほど大きな黒人ドアマンの身分証チェックをクリアすると、向こう側には薄暗い通路があった。ここからクラブの内部へ入っていくのだが、私は一晩で数々の『クラブの法則』を学ぶことになる。この通路では法則その1、「女性は決して通路で男性と目を合わせてはいけない」ということを学んだ。目が合うとどうなるのかというと、その瞬間にまるで強制エンカウントのポケモントレーナーのように、ものすごいスピードで男性がこちらへ寄ってくるのだ。私たちはすっかり忘れていたのだが、クラブとは酒を飲んで踊る場所であり、出会いの場でもあった。O谷は男性だが、なぜかいつも揺れている野っ原の草のような男なので、O谷がクラブで役に立つとは思えない。私たちは目を伏せ、なるべく男性とエンカウントしないように蛇行しながらダンスホールへ向かった。

ものすごくうるさいアリの巣。それがクラブに入場して初めて抱いた感想だった。中は轟音のメインフロアのほか、サブフロアに続く階段やトイレ、ロッカールームへの通路があちこちに延び、建物というよりも複雑な「巣」のような雰囲気がある。私たちがクラブへ来た目的は遊ぶことでもあるが、メインは取材だ。ドリンクを取りに行ったらまずは各部屋を巡って記録を残すことにした。

「O谷、おっしー、まずは上から見ていこう」

 私がファジーネーブルを受け取って振り向くと、そこには誰もいなかった。正確には人はひしめいていたのだが、O谷とおっしーの姿は消えていたのである。ここでクラブの法則その2だ。「友人とは秒ではぐれる」。わたしはとりあえずファジーネーブルを一口飲み、一人で2階へと向かった。

 ここからなのだが、なぜかあまり記憶がない。おそらく手持無沙汰で酒を多く飲みすぎてしまったのだろう。最初の一杯は入場料と共にもらったドリンクの引換券で飲めるのだが、2杯目以降は普通にバーカウンターでお金を支払って飲み物を買う。しかし私はお金を支払った記憶も特にないのだ。食い逃げはしていない。男性にすべて支払ってもらっていたのである。
 クラブの法則その3なのだが、「女性はバーカウンターの前にいれば酒をおごってもらえる」である。すでに酔っぱらって倫理観が甘くなった私はタダ酒に味を占め、ちょっと会話して酒をおごってもらい、法則その2を利用してフロアに消えるということを繰り返していた。とんだ小悪党だが、酒が入ったマジックで「いい女は酒をおごられるもの」と恐ろしい思考回路のまま、グラスを掲げて人の渦に飛び込む。
大音量のクラブミュージックによってダンススクールに通っていた幼い記憶が呼び覚まされた私は、自然にステップを踏んでいた。身体をくねらせ、腰を揺らし、プチョヘンザして隣で飛び跳ねる外国人と肩を組んだ。もう人の視線など気にしていない。そう、気分は最高にセクシーな峰不二子である。非常にバカだとは思うが、注目されても「いい女だからね♡」ぐらいに思っていた私はついにお立ち台に上って踊りだした。ちなみにその様子はおっしーに見られていたのだが、全く覚えていない。おっしー曰く「しつこいナンパに絡まれて助けを求めたのに、無視して踊り狂ってたよ」とのことだ。全く覚えていない。峰不二子は人の目を気にしないし、友達のヘルプも気にしないのだ。

 いい汗をかいた不二子に声をかける一人の男がいた。スーツの男はなかなかに格好よく、素面のように見え、落ち着いていた。私はお立ち台から颯爽と降り、男とバーカウンターへ向かった。
 酔っていないと思ったのは気のせいだったらしい。私が「ずっと恋人ができない親友がいるんだよ!!!すごくいい奴なのに、すごく!!!」と力説すると、男も「俺にもそういう奴がいるゥ!!!」と叫んで握手を求めてきた。音楽のせいで会話はほとんど遠吠えのようだ。クラブの法則その4。「クラブでまともな会話ができると思うな」。ほとんど聞こえない会話をいくらか交わしたあと、いつの間にか合コンを開催することになっていた(これは本当に開催された。いつか書きたいと思う)。「どうせ連絡先交換してもブロックするでしょ!?!?」と急に卑屈になった男に「私から連絡するよ、それなら安心でしょ?」と微笑みハグをするという不二子ムーブをかまし、その場を去った。

 時刻はもう真夜中の1時を回る。クラブはこの時間帯にピークが来るので当時大ヒットしていたAviciiのWating For Loveと同時にスモークが一気に焚かれてフロアは熱狂の境地に達していた。もちろん私は大好きな曲だったので例によって踊り狂っていたが、目線の少し先に知っている姿を見つけた。O谷である。彼は誰とも絡まず、ただその場でマサイ族よろしくジャンプし続けていた。その時だった。なぜか私の不二子モードは一気に解除され、夢から目覚めたように冷静になったのだ。私がO谷に近づき「帰る?」と声をかけると彼は「おおん」と返答した。私とO谷は喫煙所で電池切れになっていたおっしーに連絡し、狂乱のWARPを出ることにした。

 WARPから出た後は近くのサイゼリヤへ向かった。今回の目的は取材なのにも関わらず、一緒に行動した時間が全くと言っていい程ないので、情報のすり合わせをしなくてはいけない。入店して席に案内されるやいなやO谷は机に突っ伏して眠ってしまった。私とおっしーは一通りWARPのフロアの様子やハイライトなどを共有したし、ティラミスをつつきながら一息ついた。サイゼリヤの店内は気だるい空気が充満している。真夜中の疲れと終電までの途方もない暇がみんなの顔に浮かんでいる。そこで私は気づいた。あれはWARPで見たグループではないか。よく見ると彼らだけではない。フロアで見た面々がそこかしこでダレていた。ああ、みんな同じような思考で同じようなことをしているんだろうな。私はAIについて熱弁しているおっしーに「AIは結局人間が組んだプログラム通りに動いてるんだから、人間を超えることはできないんじゃないの」と返答しながら、自分たちは今、「若さ」の真っ只中にいることを実感した。

 それから1年後、世の中はコロナ一色になった。クラブどころか外食すら憚られる状況が続き、私たちは風船が手から離れるように、静かに大学を卒業していった。
 もちろん私はあれから一度もクラブに行っていない。しかしコロナが落ち着いたら。本当に何でも心から楽しめるようになったなら、もう一度若さを感じるためにクラブへ行きたいと思う。

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