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はじめてに揺れる純心

その日、ウサギは小さなカフェのテラス席で音楽の中にいた。周りの世界から少し離れた心地で、流れるリズムに身を委ねるうちに、視線の先で、歩いてくるカメの姿を捉えた。彼女は待っていたかのように、カメに優しく手を振った。

彼が隣の席に着くと、ウサギは店員にアールグレイを二つ注文し、一冊の本をテーブルに置いた。「今聴いているのは、YOASOBIの『ミスター』。島本理生さんの『私だけの所有者』が原作だって知らなかったの。読んでみたら、曲の世界観が大きく広がったわ」

カメは彼女の心に寄り添うように言葉を選んだ。「僕はその本を読んでから『ミスター』を聴いたんだ。曲になることは知っていたけれど、実際に聞いでみた時の衝撃は、今でもはっきりと覚えてる。この物語の世界を曲にしたら、これしかないなって思った」

「私は、物語にでてくるアンドロイドの少女が感じる、名前のつけられない感情がとても切なかったわ。彼女の繊細な感情の動きが、心に深く響くの。旋律と言葉の両方でね」と、ウサギはつぶやいた。

カメは静かに言葉をつないだ。「本の中扉に、この物語は『はじめて人を好きになったときに読む物語』と書いてあるよね? 初めて感じる感情には、誰もが戸惑うと思うんだ。なんの準備も出来ていない、真っ白な心で受け止めることになるからね」

テーブルに届けられたアールグレイの香りが、二人の想いを柔らかく包み込んだ。物語と旋律の世界に浸る二人は、しばし時の流れを忘れていた。

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