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いつか、ずっと昔

図書館の窓からの眺めは、木の芽がまだ外に出る勇気を出せずにいるかのような、どこか寂しげな色合いだった。そんな景色をぼんやり眺めながら、ウサギはカメに問いかけた。「カメくん、自分の前世が何者だったか、覚えてる?」彼女の瞳は時間を超えて、はるか遠くを見ていた。

「江國香織さんの『いつか、ずっと昔』という本を読んだの。本の中の女の人が言っていたわ。人間になる前に私はヘビだったって。それを読んではっとしたの。私の前世は何だったのかな、って」と、ウサギはカメに視線をおくった。

「過去に何者であろうとも、その過去はきっと今につながっている気がする。過ぎ去った時間も、こうして一緒にいた気がするよ」と、カメは静かに答えた。

「本の中の女の人は、ヘビだった時にも、その前にブタだった時にも恋人がいたの。その時の情景が、荒井良二さんのイラストで鮮やかに彩られていたわ。言葉とともに、絵からも恋人たちの気持ちが伝わってくるの」ウサギは夢見るように話し続けた。

「そしてね……」ウサギはうっとりした瞳で、そっとはにかんだ。「その女の人は、昔の恋人の全てにサヨナラを告げて、今の恋人と結ばれるの。憧れるわ…」

その日のウサギはまるで乙女のように、いつまでも夢見心地だった。

※いつか、ずっと昔
江國香織・文/荒井良二・絵/アートン


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