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パパの電話を待ちながら

少しばかり強い南風が、カフェのテラス席でカメの読む本のページをカサカサと揺らしていた。彼がふと視線をあげると、アールグレイを二つトレイに乗せたウサギが、微笑みながら静かに近づいてきた。

彼の隣に座り、「どうぞ」と、紅茶を差し出したウサギは、小さなリュックから一冊の本を取り出した。「この本、とても面白かったわ。私に新しい世界線を見せてくれたの。前に歩くエビとか、猫を食べるネズミとか……」

カメは本を受け取りながら、その表紙を見つめた。「このジャンニ・ロダーリの『パパの電話を待ちながら』は、物語自体も独特で面白いんだけど、父から娘へのストーリーテリングという設定がとても素敵なんだよね」

「それは私も感じたわ。セールスマンの父親が、旅先のどこにいても、毎晩9時になると娘に電話をかけて話を聞かせるの。とても温かい気持ちになるわ」ウサギはそう言いながらも少し眉を寄せて、「でもやっぱり物語がシュールだわ。この話を電話で聞かされたら、私ならびっくりして目が冴えちゃうわね」

ウサギは両手をあごの下で組み合わせると、
「私なら、寝る前にはもっと甘いお話が聞きたいわ。毎晩お話を聞かせてくれる人はどこかにいないかしら?」と、カメの顔をのぞき込んだ。

カメはあたりを見回して、「そんな人はなかなかいないよね。物語を魔法のように作れて、毎晩優しさを分けてくれる人なんて」と、静かに答えた。

「ここにいるんだけどな…」ウサギはカメに聞こえないぐらい小さな声で呟いた。

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