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VR健常者#1 「健常者となった日」

これは僕がインターネット上で健常者として過ごしてきた日々を綴るマガジンだ。まずは、軽く自己紹介をさせていただきたい。

現在、脊髄性筋萎縮症という難病を抱えており、食事や排せつ時以外はほぼ寝たきりの生活を送っている。いわゆる、身体障害者だ。こうして、文字を打ち込んでいる今も寝たままだ。テクノロジーの進化に伴い、寝たままでも出来ることが増えた。なかでも、電子書籍の普及は、紙の本のページをめくれない僕にとって大変ありがたいものであった。
そして、外に出なくとも自分を発信できることが何よりも大きい時代の進化だ。外に出なくとも、人とのコミュニケーションを図れる喜びは、筆舌に尽くしがたいものがあった。
そんな僕が、あえてリアルの生活とは乖離して健常者として過ごしたネットライフをここでは紹介していきたい。

現在、僕は30代であるが、初めて自宅にインターネット回線を引いたのは、高校一年生の頃だったと記憶している。これからの時代はITだと世間は小躍りしていて、なんだかよくわからないけど、そんな躍りに巻き込まれようと、我が家もITの第一歩としてインターネットを導入した。

学校の授業で多少インターネットを使ってみたことはあるが、いざ我が家に回線が引かれると、何をしていいものかわからなかった。これならPS2でゲームしてた方が楽しいな、と高校生の僕は思っていた。

それでも、せっかくインターネットがあるのに、何もしないのはモッタイない、と存分に日本人らしい思考に至った僕は、ザッピングするかの如く見るともなくウェブページを閲覧していった。

すると、当時ライブドアが運営していた無料オンラインゲームのサイトに流れ着いた。そこには、主にボードゲームがメインで将棋や、オセロ、麻雀といったゲームが無料で、しかも対人戦が行えるという、僕からしてみれば画期的なサイトに出会えた。

いろんなゲームがラインナップされている中で「オセロなら勝てるっしょ」と、オセロ業界をなめていた僕は、まず数あるゲームの中からオセロをプレイした。

これ本当に相手は人間なんだろうか、と疑うとまでいかずとも、不思議な気持ちで遊んでいたら「こんにちは よろしくお願いします」というログが流れてきた。

オンラインゲームの醍醐味であるチャットに初めて触れた瞬間であった。
高校生であった当時から、僕の肢体はかなり不自由になって、タイピングをするのにも、画面上にスクリーンキーボードというものを出して、マウスをクリックして一文字一文字打つというやり方をとっていた(現在もこのやり方で記事を書いている)。

パソコンも始めたばかりでタイピング速度も遅いったらない。あいさつはきちんとしなさい、と教育を受けているし、そうするべきだと思ってもなかなか手が思うように動かない。というより、打ちたい文字が画面上に見つからない。

逸る気持ちを抑えて、一文字一文字を丹念に打ち込んで、ようやく「こんにちは」と打ち込んだ。
すると「おいくつですか?」と質問が飛んできた。すかさず僕は「16」と応える。

応えて僕は思った。相手はどんな人なんだろう。年上なのか年下なのか。男性なのか女性なのか。どこに住んでいるのだろう。日本じゃないのかもしれない。なんなら、日本人ですらないのかも。

同時に僕は思った。相手は僕のことをどう思っているんだろう。あらゆる想像を巡らせるだろう。絶世の美女と思われているかもしれないし、大金持ちとも思われているかもしれない。

そのあらゆる選択肢の中にこんな選択肢はあるのだろうか。障害者なのかもしれないーーー。

相手は僕の日常生活を知らない。身長が170と嘘を言っても疑わないだろう。現実味の範疇の中でなら、何を言っても信じられる。
ここでは、現実とは無縁の新しい自分をプロデュースできるのではないか。ごくごくありふれた普通の人間を演じられるのではないか。
普段の私生活の疎外感とはかけ離れた世界がこのインターネットにはあるのではないか。
つまり、健常者になれるのではないか。

僕はわくわくした。高揚感に満ち溢れていた。自分のことを知らない相手とコミュニケーションをとることに無限の可能性を感じていた。
ただ、目の前のオセロには惨敗するという現実がまず押し寄せてきた。

つづく

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