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統合失調症になってからのぉ~~っ!意識したい四項目。

統合失調症になってから私たちはどう生きればいいだろうか?
仮に四項目挙げてみた。 
 
①  まず、ひとつの目標として、統合失調症を治すという大目標があると思う。そのためには通院し、きちんと服薬を続けるという努力が必要だ。症状が重いうちは甘えられるだけ周囲に甘えたらいいと思う。心を癒すための生活が必要だと思う。ある程度癒されたら、働くなど普通の社会生活に向けて、心のリハビリをしていけばいいと思う。
 
②  もうひとつの目標として、統合失調症が治る治らないに関わらず、叶えたい夢を持つといいと思う。なぜなら、そういう夢があれば、たとえ、統合失調症が治らなくとも、夢を叶えた人生、追いかけた人生は無駄ではなかったと思えるからだ。
 
③  また、目標のない人生を生きるのも大切かもしれない。これは絶望して生きるということではなく、一日一日を大切に生きるということだ。そのためには趣味を持つといいと思う。②の将来の目標とか、①の統合失調症を治すなどの目標とは関係ない純粋な趣味だ。
 
④  友達は大切にしたい。とくに自分を裏切らない友達がいたら、その友達を裏切るようなことはしてはいけない。
そして、家族を大切にしたい。毒親など問題がある家族は別かもしれないが、できる限り、身内は大切にしたい。
 
 
 
 
*①について私はこうした。
私は高校で発症し、大学で初診を受けた。そのとき誓った。絶対に治すぞ、絶対に服薬を独断でやめたりしないぞ、最後まで闘い続けるぞ、と。
大学は休学し、デイケアに通った。夜十二時過ぎまでテレビを見たりゲームをしたりして夜更かしし、翌朝十一時まで眠った。だらしない生活だったが、そのときはそれでいいと思った。徹底的に癒した。
大学を卒業すると肉体労働のバイトを始めた。これは収入を得るというより、社会生活へ向けての心のリハビリという位置づけだった。もう、仕事のある日は、朝きちんと起きて出勤した。そこは甘えてはいけないと思った。おかげで十五年以上経った現在、別の仕事で正規職員として勤めることができている。症状も治ったと言えるほどに良くなっている。
 
*②について私はこうした。
私には芸術家になりたいという夢が昔からあった。大学を休学中に家では油彩画を描いていた。自分は世界的な画家であると妄想していた。もともとはマンガ家になりたかったので、復学することにした。大学は哲学科で、哲学や文学は芸術の肥やしになると思い、世界的な名著をたくさん読んだ。内容がわからなくても読んだ。大学を卒業するとマンガ家は諦め、小説家を志すようになった。毎年、新人賞に応募した。四十三歳の現在まで投稿し続けているが受賞には至っていない。一度だけ歴史ある新人賞の一次選考を通過したことがある。私はこれで自分の文章に自信を持った。まだ、この夢を追い続けているが、これでよかったと思っている。とくにこの夢を叶えるために、たくさん本を読んだことが自分の可能性を広げることにつながっていると思う。
 
*③について私はこうした。
①と②の目標に関係ない趣味として私は登山をしている。小説に生かそうとか、全く考えていない。これがまたいい。山を歩いていると、いろいろなことを考える。夢を追うだけの人生では見えないものも見えてくる。毎年、一座、日本アルプスのどこかの高峰に登っているが、来年はあの山に登ろうなどと目標ができる。これは②の将来の夢とは違う、ゆるい夢で、純粋な遊びの中の夢だ。むしろこういった夢、趣味が心を健康にしてくれるのかもしれない。①の治すという目標に密接に関わってくるものだ。しかし、治そうと思って遊ぶのはつまらないので、そういう考え方を私は禁じている。
 
*④について私はこうした。
良い人間関係は大切にしたい。私には中学時代からの友が一人いて、それ以外に付き合いのある友はほとんどいないと言っていい。彼は私を裏切ったことがない。だから、私も裏切るようなことはしない。また、家族は現在、両親と三人で暮らしているが、家の中に話し相手がいることはかなり心強い。だから、私は一人暮らしをしようとは思わない。家を出るときは結婚するときだと思っている。
 
⑤  そうだ私に欠けているものがひとつあって、それは恋人がいないということだ。永遠の愛を誓える恋人がいたら、それが一番重要になるかもしれない。

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