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Re: 【小説】10分700円

 灰色の重いビニールカーテンをめる。
 半畳ほどある飾り気の無い空間が現れる。黒っぽい色の床に固定された椅子がこちらを見ているような気がした。
 硬い椅子に座り数枚の硬貨を投入口に押し込んでボタンを押す。
 するとそれはすぐに始まった。
 腰かけた椅子の正面に埋め込まれたモニターがつく。
 画面は暗く、だれかの上半身がこちらを見ていることだけがどうにかわかった。


「やぁ、こんにちは」
 天井にスピーカーが埋め込まれているのだろうな。もしかしたら背中側の壁かも知れない。
 男性的で硬質の声が聞こえた。
「どうも」
「使うのは初めてかい?」
「ずいぶんと昔に酔って使った事がある気がするが、覚えてないね」
「そうか」
「どんなものかは知ってるよ」
「ふむ」
「顔が見えない、素性の知れない人間に何かを喋りたいと言う気持ちは今まであまり理解できなかったんだがな」
「人間と言うのはそうやって神に赦しを」
「アンタんところの神には興味が無いんだけどね、少し聞いてくれないか」
「……話してみなさい」
 まっすぐ座って背筋を伸ばす。
 薄暗い画面の中で男が同じように姿勢を正したのをなんとなく見ていた。

 なにか飲むものを買ってくるべきだったが、どうせ飲食禁止だろう。
 ガムくらいなら良いだろうか。
 ポケットの中をさぐったが指先にはなにも触れない。
「おれは十字の切り方も知らないし、アンタんところの神様の歴史にも詳しくない。
 だけど別に今さら信心深くなった訳でもない。
 こういうと言い訳臭いけど、まぁいいか」
 男がうなずいているように見えた。
 続きを促しているのだろう。

「アンタに言って神から赦しを乞うべき事は色々あるよ。
 それはここに来るまでもずっと考えてた。
 スピード違反に、信号無視。ゴミやタバコのポイ捨て。
 いっぱいある。
 職務怠慢だとか規定違反だとかもそうかも知れない。
 まぁそこら辺はアンタんところの神が裁くんじゃなくて人間が裁くんだろう。おれの上司かな。嘱託先の誰かかもしれない」
 あいつらだって大差ない。
 だが社会の構造はそれを許している。
 ひとが許さないんじゃない、社会が許さないのだ。

「他には、そうだな。
 今にも死にそうな蝉を放っておいた事とか避妊をしなかった事とか、ガキの頃まで遡れば物を盗んだり嘘をついたり。
 これはアンタんところの神様の領域か?
 もしかしたらウチの閻魔さまってやつの領域かもな。
 なんだっていいけど思い出の何割かはそういう悪い事で占められてるよ。
 ちなみにそれを忘れる事ってのは罪に当たるのかい?
 憶えていて愧じる事で贖罪になるのかい?
 もしかして石を投げられたりしなけりゃならないのかな。
 いや、それはアンタんところの神様が全部やってくれたんだったな。それくらいは知ってるよ」
 なにか飲みたいし煙草も吸いたい。
 しゃべりながらおれは自分が落ち着きを失っていく気がしていた。


「結局、生きる事そのものが罪だって話になるよな。
 日々こうやって罪を重ねていく訳だ。
 それでも自殺するとそれも罪だって言う。
 酷い罪らしいな。
 罪を重ねるより悪いって言うんだから比較したら積み重ねる方を選ぶわな。
 なぁ、忘れると言う事はどんな罪なんだ?
 誰だってむかしの事を覚えているだろ。
 それでほかの誰かが死ぬ事もあるよな。
 ……あるよな?でもまぁ、それはそれで大切なんだよ。
 別に握りしめるほど大切でもないし、どこかに飾っておくほどのことでもないけど。
 でもそれを大切じゃないとかどうでもいいって言っちゃうと、今こうしている思い出とかも大切じゃない思い出とかどうでもいい思い出みたいになっちまうだろ。
 だから大切な思い出って言わなきゃダメだよな。
 実際に大切なんだ。
 聞いてるアンタはどうでもいい、仕事で聞く話のひとつなんだろうけどな」
 金を払って話を聞いてもらうことに対する恥ずかしさがヘソの奥あたりから熱をもって全身にゆっくりと広がっていく。


「どんなジャンクフードだって食えば血だとか肉になる。
 もとが粗悪なタンパク質とか油だとしても一応は血とか肉になる。
 ……これは喩えが悪いな。
 いや、いい。アンタんところの本に書いてあるパンとかワインにはそんなに興味が無い」
 なにか言いたげな男を手で制する。
「まぁビョーキなのかもな。
 そんな気がするよ。ビョーキ。
 ふふ。
 ビョーキってのはアンタんところじゃどういう扱いなんだ?
 祈りが足りてないのか何なのか知らないけど、でもまぁみんなビョーキだよな。
 自分が嫌いなものを好きな人間の全てが嫌い、みないなのはいる。
 え?坊主憎けりゃ袈裟までってのは少し違うよ。
 案外と勉強熱心なんだな、少し驚いたよ」
 肩をすくめたのか、それとも笑ったのか。
 画面の中で男が小刻みに動いた。
 もしかしたら煙草を吸って咳き込んだのかも知れない。
 あっちは吸えるんだろうか。


「おい、それで思い出したぞ。
 うちの神だとか仏だってのは敷地にアンタんところの神様の看板立てたって怒りやしないんだが、アンタんところの神様はそうもいかないだろ。
 意外とケチくせぇよな。
 いや、こっちの方が変に度量が広いって言う方が正しいのか。
 誤解するな、別にそっちの教会の門に阿吽像を置かせろって言う意味じゃないよ。
 あれから何千年経ったっていまだにあそこの壁の取り合いしてるんだろ?
こっちの復活の方が早いんじゃねぇかな」
 それともおれの禁煙が終わる方が先か。
 それも神は赦さないのだろうか。喫煙は地獄へのパスポートだとかってのは見たことがない。


「大体、アンタんところの神様は直線的なんだよ。
 ゼロから始まって、それで直線的に伸びていく。
 無限に伸びていくだろ?
 なんせアンタんところの神様は凄いからな。
 無限に救える。
 こっちは控えめだぜ、同じ大量の救いったって手が千本程度だ。
 こっちは、そうだな……アンタんところが直線的だとすると、こっちは円になってるんだよ。
 円。
 ワカるか。円。
 繰り返しとガラガラポンを行くエンデューロなんだ。
 輪廻転生って言うんだ。
 リインカーネーション。知ってるだろ。
 それは直線じゃあり得ない事だ。
 円の無限と直線の無限、どっちが良いとか悪いとかじゃないんだよ。
 でもそっちは繰り返しが無いからな。
 仕方なく原罪なんてのがあってそれが永遠に続く訳だ。
 無限に続く道と繰り返す道のどっちは怖いかね。アンタに訊いたって仕方ないか。まぁいいや」
 おれが喋り終わるのと同時に激しいフラッシュが焚かれた。

 重い灰色のカーテンを開いて外に出る。
 埃っぽい空気が不味い。
 だが取出し口にプリントされた写真の男はすっきりとした笑顔を浮かべていた。

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