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【短編小説】明日バス核爆発

 駅前のロータリーに停まっているバスが排気ガスをひとつ大きく吐き出した。
 適当に散らばっていた人影がのそりと動き出してバスの乗降口に向かう。俺も曖昧に歩き出してその列に加わってみたが、このバスがどこへ向かうかは知らない。
 並んでいる人間の感じも統一感が無く、とりあえずここではない場所へ出るバスなのだと言う事しか分からない。
 バスの中は薄暗かった。
 特に電気がついている訳でも無いうえに、すでに椅子に座った客がカーテンを引いているので外の灯りもあまり入ってきていない。
 窓際に座り通路側の椅子に荷物を置いた若い女とババアがやりあっている傍を押し抜けるように通り、作業着の男と学生風の男どちらの隣に座るか迷ってから学生風の隣に腰を下ろした。
 実際にこの男が学生なのかは知らないが、平服の若い男となるとそんなものだろう。耳に刺したイヤフォンからは音が漏れていなかったので安心した。
 作業着の男の横に躊躇いつつ座った中年の女が鼻をつまんだのを見て密かにほくそ笑んでいると、バスの乗降口についたエアコンプレッサーが鳴ってドアが閉まった。
 運転手がマイクでぼそぼそと何かを言っていたが聞き取れなかった。
 学生風の男はカーテンを引いていなかったので外の景色が少しだけ見えた。ロータリーの真ん中にある植え込みには電飾が光っていて、トナカイやら流星やらが色とりどりに俺たちの目を引いた。
 しかしバスが走り出すと同時に電飾が落ちて、まるでこの世の終わりみたいに見えた。俺は可笑しくなって笑ったが、学生風の男も他の客も見ていないのか面白くなかったのか誰も笑っていなかった。俺がそれすらも可笑しくなって笑っていた。

 この街ともさようならだ。
 俺が住むこの街を俺は何も知らないままだった。俺がどうしてここに住んでいるのかも俺にはわからなかった。
 だが俺がここで過ごした日々は間違いなく存在していて、そうだとするならば過去と言うのは恐らく美しいと言えるのだろう。
 過去が美しいのは足跡があるからで、逆説的に足跡の無い未来は汚いものなのかも知れない。ありもしない未来を想像して腹を立てたりすることがあるが、それはきっと汚濁した未来のひとつだ。
 他の乗客の過去や未来も同じように美しく、同等に汚いのかも知れないなと思った。
 だが過去も未来もさっきの電飾みたいに電源が落ちる様に綺麗に消えたりしない。

 バスが幹線道路に出た頃、どこからかバスガイドが出て何かを喋っていた。
 ひどいブスであった。浅黒い肌に低く潰れた鼻、一重の目は間が抜けたように離れておりくちびるは薄かった。
 とにもかくにも酷いブスであった。ブスバスガイド、と俺は呟いてみた。ちらと学生風の男を伺ったが何の反応もしなかった。目を開けて眠るタイプなのかも知れない。
 どのようにしてブスなバスガイドが誕生したのか考えてみたが、それより先にこのブスなバスガイドが過ごしてきた美しい過去と言うものについて考えてしまい、それは両親に愛されて育った瞬間だとか友達と同等だと思って遊んでいた時間、または恋と呼ぶには儚い錯覚の累積だとかが存在していて、少なくとも彼女の影だとかは美しく輝いているのだろう。

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